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内山信一という人の著書に『年輪』(社団法人静岡県林業会議所)というものがある。1980年に刊行されたものだ。もう逝去されたが、内山氏は静岡第一テレビ社長などを歴任された、静岡県では有名な方である。浜松出身、東京帝大卒である。 内山氏は、1937年召集を受けて三島野戦重砲兵第12聯隊に入隊した。上海に上陸し、南京へと向かった部隊である。 内山氏は、ある日師団司令部に呼ばれた。司令部は、50円の軍票を渡し、「慰安婦として支那人女性30人程度を集めることを命じたのであった。内山氏は、現地の「大営集長」に「日本の兵隊は妻子とはなれて半年もすぎたので毎日淋しい思いをしている。若し彼等が支那の女性を発見するとどんな事が起きるのか心配である。支那は3000年来、道徳のきびしい国ときいている。不幸な事件を起こさないために集長の力で職業的婦人を30名集めてくれ」という内容を漢文調で書いた紙片を渡した。 しばらくして18名集まったと言ってきた。そこで部隊本部のある部落へ連れてきて、農家を改造して慰安所を設けた。「私は数名の将校と共に委員を命ぜられ、慰安所規定を作った。料金は将校が5円、下士官が2円、兵は1円だったと思う。給料のことを考慮して料金を定めたのだが、開業してみると兵の側から不満が出てきた。安すぎるので相手が拒否するというのである。どうにも対策がないのでそのままにしておいたが、開業一週間で次期作戦のため移動することになり慰安所は閉鎖した。」、師団司令部からは全員を連れて行けという指示を受けたが、驢馬に乗せて解放した。 「戦地にきて女郎屋の主人をやらされるとは思わなかった」と内山氏は記す。 以上は、『年輪』149ページから150ページにかけて書かれたものの要約である。 ここでは、強制的に現地の女性を「慰安婦」にしたわけではないが、軍司令部が率先して慰安所を設置したという事実を知ることができる。 軍隊が女性の「性」をもてあそぶのは、日本だけではない、といわれる。しかしかくも組織的に軍が主導してこのような施設を設けた事例はないという。 やはりこれは、日本の近現代史における「汚点」であると思う。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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>かくも組織的に軍が主導してこのような施設を設けた事例はないという |
カァ 2007/03/10 02:17 |
戦争というのは、人間の正常な思考を麻痺させますから、戦場或いはその近辺で大規模なレイプ事件が発生しています。もちろんそれは日本軍だけではありません。米軍も、戦争がない状態のなかでも、沖縄等で同様の事件を起こしています。軍隊・兵士と性の問題は、きちんと検討されなければなりませんが、ここで取り上げた事例は、日本軍の司令部が慰安所を設置したというもので、民間業者が営業していたのではない(もちろん軍請負業者が運営した事例もあるでしょう)ことを証明するものです。日本だけがやっているわけではない、という論理で、その罪を減じることはできません。他国のそのような事件や施設も、もちろん批判されなければなりません。ソ連軍がドイツに入ってきたときのレイプは、「満洲」でおきた事例と同様に、きわめてひどいものだったとのこと。これも許されません。外国のそのような事例も、どんどん批判すればよいのです。そうすれば、世界からそのような悲劇的な事件がなくなるかもしれません。 |
【善】 2007/03/10 10:46 |
【善】様、お返事ありがとうございます。 |
カァ 2007/03/10 13:38 |
カァ氏がなぜ悔しく思うのか、方向が違っているのではないですか。 |
吉田松陰 2007/03/10 21:02 |
おはようございます、吉田松陰様。 |
カァ 2007/03/11 07:33 |
カァ様 |
吉田松陰 2007/03/11 09:14 |
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