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zoom RSS 教育「再逝」会議(その3)

<<   作成日時 : 2007/06/05 17:43   >>

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 下に挙げた項目は、どういうことか。
 あるべき目標を設定し、学習の結果どの程度まで「到達」したかで成績をつけるという意味であろうが、「あるべき目標」を「国」すなわち「国家」が決定するのであろうか。

 戦前の教育を反省して、日本国憲法では国家の教育権から「国民の教育権」に転換しているはずであり、またその憲法は生きているにもかかわらず、国家が教育の「各教科の到達目標」を決定してよいのだろうか。

 
○国は、各教科の到達目標を示し、学校はその到達目標を基準にして客観的に絶対評価(※)を行う。

 ※絶対評価:学年や学級の中での相対的な位置、序列を見る相対評価に対して、それぞれの学年や学期で達成すべき到達目標に照らしてどの程度修得できたかを見る評価。


 次に、教員養成に関して次の事項も大きな問題である。権力欲に凝り固まった人間を育成する「松下政経塾」に似た、現在杉並区で行っているような「教師塾」を教育委員会が設置して、そこで「学んだ」人を教師に採用していくというのであろう。いったい「教師塾」でどのような講義が行われ、どういう教師をつくり出そうとするのか。おそらく教育委員会などに忠実な教師の育成をめざすのであろうが、怖い時代になったものだ。

 ○国、教育委員会は、ITの授業への活用など授業方法の改善のための研修を充実する。また、教育委員会は、教師塾など採用前から質の高い教員を養成・確保する取組を推進する。


 それから「徳育」の出現。これについては「東京新聞」の社説を掲げたい。

教育二次報告 『修身』復活はごめんだ
2007年6月2日

 「徳育」は教科とし、教科書もつくれという。教育再生会議がまとめた第二次報告は、提言の柱の一つに「徳育の充実」を掲げた。教材の例に偉人伝を挙げるが、戦前の「修身」復活ならごめんだ。

 二次報告は「学力向上」「心と体−調和の取れた人間形成」「大学・大学院の再生」「財政基盤のあり方」を四大テーマとし、「心と体」の冒頭の提言で「徳育の充実」をうたっている。

 社会の規範意識や公共心を身につけさせる教科に道徳があるが、再生会議の議論ではいまの道徳教育は十分ではないとし、さらに発展させた教科として徳育を位置づける。国語や社会科、体育、総合学習の時間なども関連付けて充実させるとしており、重要視している姿勢がわかる。

 ことし一月の一次報告は子どもの規範意識を高める方策として「民話や神話・おとぎ話、茶道・華道・書道・武道などを通じて徳目や礼儀作法、形式美・様式美」を掲げた。復古調が目立ち、諮問した安倍晋三首相が絶賛した内容だった。

 この具体的手段が徳育の教科化だが、教材には「教科書と副教材を使う」という。「その際、ふるさと、日本、世界の偉人伝や古典などを通じ、他者や自然を尊ぶこと、感動などに十分配慮したものが使用されるようにする」と補足説明も付く。

 教科書とは文部科学省の検定を受けたものを指す。すでに小学校では副教材「心のノート」が使われているが、これには一定の考え方や感じ方を教え込むものではないかとの批判が出ている。検定を受け、一定の枠にはめられた教科書で徳育を教えることはその傾向がさらに強まる。ましてや、偉人伝などとくると、戦前の教科書を思い浮かべてしまう。

 徳育の評価方法に報告は「点数」を外した。規範意識の習得度を数値化するのは困難であり、当然だ。ただ、教科である以上は評価が伴う。記述式も検討されたという。

 具体的には中央教育審議会でも議論されるだろうが、教科化そのものをもっと慎重に吟味すべきだ。徳育が昔の「修身」のような授業として復活を目指すのなら、批判は相次ぐだろう。

 徳育の教科化に会議メンバーの間では意見が分かれていた。まとまらない段階で座長と座長代理に結論が一任された。七月の参院選を前にして出てきた二次報告は、これを「美しい国」の土台にしたい首相の意向に再び沿う内容だ。会議は公開されておらず、結論までのプロセスが見えにくい。子どもの将来にかかわる重要なことをこんな手順で進めていっていいものだろうか。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2007060202020898.html

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