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<<   作成日時 : 2008/02/01 23:54   >>

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「在日米軍再編」で明らかになったのは、軍事基地は政治主導でいかようにも再編できるということ。日米の「再編」の過程を探っていくと、米国からは違う風景が見えてくる。米太平洋軍司令部があるハワイで、米軍関係者を取材した。


 「米軍再編を追う・ハワイリポート」が始まっている。


 米軍再編は、日本の自衛隊をアメリカ軍に統合してオペレーションを展開するためのもの。

沖縄もその一環にある。

http://www.okinawatimes.co.jp/spe/hawaiireport/index.html

 

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コメント(80件)

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 支那の近代が、西欧の帝国主義列強による植民地争奪戦の修羅場だったように、日本をふくむ東南アジアが、アメリカと支那の植民地戦争の戦場になっているのかなぁ?
 あなたにお願いしたいのは、アメリカを批判するのとおなじ目線で、支那の共産党政権をながめたうえで、議論を展開してもらいたいことです。アメポチや支那犬の議論は、聞きあきているので…
罵愚
2008/02/02 03:45
支那ってどこの国? 他国を蔑称で呼ぶなら、自国(民)も蔑称で呼ばれることを甘受する覚悟があるのかい? 外国へ行ってJapっていわれてもいいのかい? 倭奴とかチョッパリという蔑称もありますよ。つまらぬ強がりは、弱虫のやることだ。日本人はもっと堂々としていなければ。 ああそうか、何でもアメリカを擁護する従米・屈米・隷米の、例の bug さんだっけ。 もう聞き飽きたよ。それにつけても、アメリカ・ポチって、だれのことだい?
松陰
2008/02/03 13:31
 支那って蔑称かなぁ?中国って、どこのこと?いまだに「朝鮮民主主義人民共和国」って書かないと、いけませんか?10年前に終わった議論なんだけど…むしろ、あなたは自分の斜視を指摘されたのが、あなたの自尊心を傷つけたのに、それを素直に表現できないでプッツンしているんではありませんか?
罵愚
2008/02/04 04:49
1、あんたの仲間内の10年前の論争なんて知らないね。歴史学界や外交史学界での議論では、「支那」は使わないよ。
大正昭和前期に、日本政府が、支那共和国の名称を使用していた。本当は辛亥革命で中華民国が成立したのだから、その名称を使えばよかったのだ。清国の時代は、清国と言っていたのだから。
日中戦争開始後、南京に汪精衛政権が出来ると、中華民国と呼称を換えた。戦後は外務省が率先して「支那」を止めて中華民国とした(1946年)。「支那」が蔑称として受け取られたからだ。1949年に台湾に逃げ込んだ蒋介石政権を中華民国(略称中国)としている。こういう経過から見ても、「支那」という呼称は、まったく現実的ではない。少しは歴史を勉強しなさいよ。
松陰
2008/02/07 08:37
2、1950年代後半の「昭和史論争」で、批判の急先鋒だった竹山道雄氏は、当初「支那」と呼んでおられたが、台湾に渡航して、政府・党の幹部や知識人と会談されてからは、中国と改められた。以後、北京と台北のどちらを「中国」と呼ぶかは別にして、右翼も含め、「支那」の呼称は影を潜めた。
一般に外交では相手国の正式呼称を使用するが、長ったらしい場合は、略称や地域名称を使う。イギリスなんて長いからね。公文書では連合王国というんだ。それじゃどこの国か分からない。
ただ、少なくとも相手が反発するような名称は、不必要な摩擦を生むだけだ。古称も駄目な場合が多い。
松陰
2008/02/07 08:38
3、日本は戦後アメリカなどに、japという呼称をやめるように、いろんなルートで働きかけてきた。時々、庶民レベルで噴出するが、大体は、言論界などの努力で、japは抑制されている。黒人への蔑称も抑制されている。国際的にも、先住民族への蔑称は変更されている。エスキモーはイヌイットになっている。
なぜことさらに「支那」と呼ぶのか。歴史的経過を見ても、法的根拠は無いではないか。現在は、中国でいいではないか。先方も日本と呼んでくれてるんだし。
松陰
2008/02/07 08:39
4、蔑視というのは、蔑視された方の意識が重要だ。たとえば jap はjapanの略だ、蔑視ではないとする強弁もあっても、jap を蔑称と受け止める日本人が居る以上、やめてくれと言って来たんだ。bugさんが、「支那」は蔑称ではないと言い張っても、これは通用しない。
それは「びっこ」「つんぼ」「いざり」「めくら」と身体的特徴を表わす言葉の扱いと同じだ。わたしは、漢字で「盲人」とか「視覚障害者」と言い換えるだけでいいのか、疑問は持っているが、面と向かって「めくら」とは云わない。ただし古文書、古書籍の表現は変更しない態度だ。外交文書に「支那」とあったり、軍の文書に「支那事変」とあれば、それを変更するつもりはない。
松陰
2008/02/07 08:40
5、いつも不利になると、bugさんは論点移動やすり替えをするが、今度も北朝鮮を持ち出してきた。北朝鮮は、地域名称の北朝鮮でいいんですよ。わたしはあの長たらしい名称を使ったことはない。もちろん政府は外交文書では長い正式呼称を使っているだろうけど。世界で一番長い国名は、イギリスと思うけど、それを「イギリス」と簡略化すると同じに、北朝鮮でいい。先方も反発してはいない。
問題をすり替えず、また感情ではなく歴史で議論してくれ。
松陰
2008/02/07 08:41
 問題をすりかえているのは、松陰さんじゃぁなかろうか?歴史で議論するんなら、支那は正当だよ。日本人がjapを嫌がるのと、支那人が支那を嫌がるのは、別次元の理由だ。感情的にならないで、理性的に考えてもらえないかなぁ?
罵愚
2008/02/07 14:48
 松陰様。私は以前この罵愚氏と論争をしました。その際、こちらがわの問いには一切答えずに、自らの主張とある種の「言いがかり」としか言いようのない「議論」を延々と続けられたことがあります。私はこの方と議論するのはムダであると判断しました。また私と同様の判断をされている方が複数いることも知っております。貴重な時間を無駄にされないように。
【善】
2008/02/07 15:21
【善】さん、
 あなたは論破されたんだよ(笑)。
罵愚
2008/02/08 17:07
 アホなことを。罵愚クン、「論破」などという言葉は、キミにそのままお返しする。君は自らの無能をしっかりと悟り、さらに自らの悪文を自覚しなさい。そして、このブログから永遠に出て行きなさい。キミの書き込みは私のブログを汚すものでしかない。
【善】
2008/02/08 20:16
「支那は正当だよ」と云うんなら、論拠を示しなさいよ。一つ一つ反論してごらん。ちっとも理性的じゃないじゃないか。こういう時に「あなたは論破されたんだよ」と云うんじゃあないのかね(笑)。
松陰
2008/02/08 20:36
 2月4日の投稿で語りつくしていて、追加するものはない。むしろ「中国ってどこのこと?」に答えられない、松陰さんの説明不足を感じるけどなぁ…
罵愚
2008/02/10 17:40
「2月4日の投稿で語りつくしていて、追加するものはない」んだそうだ。よく言うよ。どうやら具体的に論拠を示したり、論理を展開するのは苦手なんだね。中国とは中華民国及び中華人民共和国のことだということは、中学校の教科書にも出ているよ。それ以上何の説明が要るんだい。わたしの説明不足を指弾するなら、どこが説明不足なのかもっと具体的に指摘しなさいよ。感じるだけじゃあ、話にならない。ただひたすら馬鹿の一つ覚えみたいに、説明不能のお題目を唱えているだけなら、狂信とか妄信・盲信とかいう外はないね。おっと失礼。bugの一つ覚えだったっけ。
 善さんのこの項の主題は、沖縄タイムスの報道のことだ。今日のニュースでアメリカ海兵隊員が女子中学生を強姦して逮捕されたそうだ。アメリカ兵のやりたい放題じゃないか。わたしはただちに米軍の全面撤退を求めるべきだといいたい。あんたは焦眉の急の問題から眼を反らせ、結局のところアメリカを擁護してるんじゃないかね。
松陰
2008/02/11 17:51
 「中国」の呼称は、中国革命以前からありますよ。清だって、明だって、中国を自称している。「中国とは中華民国及び中華人民共和国のことだということは、中学校の教科書にも出ている」の?ホント???
 結局あなたは「中国ってどこ?」の質問には、答えられない。
罵愚
2008/02/12 03:08
また論点をずらしている。中国そのものの呼称は、古代からありますよ。そんなの常識じゃないか。(新唐書か旧唐書にあったのを読んだことがある)。bugさんが、「中国ってどこ?」というから、知らないのかと思って、親切に今はこの2国だと答えてやったんじゃないか。清も明も中国と自称していたいうのなら、中国ではなく、「支那」が正しいという根拠は何なんだ。ちっとも説明しないではないか。2月7日に5回に分けて説明したのに、何の反論もせず、質問もせず、論点をずらさないで、答えたらどうだい。わたしの説明で納得したのなら、そう云ったら?


松陰
2008/02/12 20:22
 なんだ「今はこの2国」なのか。11日の松陰さんの投稿の、どこを読んでも「今は」の時間的観念は読み取れない。「どこが説明不足なのかもっと具体的に指摘しなさいよ」なんて、よくいうよ。
 じゃぁ、ついでにきいておくが、チベットやカシミールは、あなたの中国の概念の中に含まれるのかね?
罵愚
2008/02/13 03:35
そもそも「支那の近代」と限定したのは、bugさんじゃないのかい。そこでわたしは、辛亥革命以来の変遷を書いたんだ。それにbugさんが「中国ってどこ?」というから答えたんだよ。古代の話なのかい?こういうのを論点移動というんだよ。誤魔化しなさんな。不利になると土俵を広げるやつが時々いたなあ。
チベットは、現在は中国の領土だ。独立運動があるのは承知しているが、現実には中国領だ。
カシミールは違うじゃないか。インドじゃないか?何か思い違いをしてるんじゃないのかね。
松陰
2008/02/13 05:35
 罵愚クン、松陰さんの質問=「支那」が正しいという根拠は何なんだ」に答えなさい。以前、キミとこのような「論争」といえない「論争」をしたとき、キミへの質問にキミは答えないんだよね。かみあわない議論をするのは無駄だと感じて、私はキミとの議論はやめたんだ。今もする気は全くない。私と同じような感想をもって、私と同じようにキミとの議論を拒否しているブロガーが出ているよね。なぜなのかをしっかりと反省することだよ。
【善】
2008/02/13 20:33
 なるほど、「近代」の時間限定は、わたしの責任ですか。わかりました。そして、チベットは現実問題として、支那の共産党政権下に統治されているのだから「中国の一部」だというご認識ですか。
 歴史のなかで中国の王朝は、栄枯盛衰をくりかえして、領土は広がったり、縮んだりしてきたわけだから、中国と呼ぶ場合の領域の概念は、時間とともに変化するということですね。だとすれば、カシミールは、いま現在インドとパキスタンの紛争につけ込んで、人民解放軍が40%ぐらいの地域を制圧しているのだから…状況はチベットとおなじことだから、中国領と呼ばないのは、あなたの主張にそぐわないのではありませんか?
 もうひとつ、近代という時間限定でも、たくさんの政権が消滅しているわけだ。あなたの中国に攻め滅ぼされてすでに消滅した国家も中国と呼ぶのでしょうか?たとえば、チベットのダライラマの政庁は、あれも過去形の中国でしょうか。もっと現実的には、満州帝国は、消滅した中国と呼ぶのでしょうか?
罵愚
2008/02/15 17:19
 罵愚クン、キミが最初に「支那の近代が・・・」と書いているのだよ。また、松陰氏の“「支那」が正しいという根拠は何なんだ”に答えるべきだよ。キミは、いつも相手からの質問には答えずに、次々と「?」を繰り出す。悪い癖だ。私も当初、キミへの質問に親切に答えていたが、この手法がキミの方法であることがわかって答えることはやめたのだが、キミはまだこの手法を繰り出しているのだね。なお悪文も直っていないね。たとえば「あなたの中国に攻め滅ぼされてすでに消滅した国家も中国と呼ぶのでしょうか?」の「あなた」はどこにかかるのか。次の「現実的には・・・・・?」ってどういう意味なのか。
【善】
2008/02/15 19:47
bugさん。また当方の質問に答えないで、問題を拡大したね。一般論だが、どの国の領土も「固有の領土」というのはないんじゃないかね。民族の移動もあるし、戦争もあるし、地形の変化(とくに河川の流路の変動)もある。それらにともなう国境紛争もある。現在の国家の領土と歴史的な概念のずれはどこにでもあるだろう。フォークランド諸島は現実にはイギリス領だが、歴史的には占領地・植民地だろう。イスラエルは人為的国家だが、あれは本来パレスチナではないか。クルドはあちこち分散しているが、国家を作ったほうがいいのかね。日本だって随分変化しているじゃないか。
 まだ第一問「支那とは何か」に何にも答えてもらってないが、まずちゃんと答えてから質問してくれ。君は反論されても答えないで、つまらない質問を連発し、相手があきれて論争をやめると、「あんたは論破されたんだよ(笑)」というようだが、逆なんだよ。質問に答えない段階で「あんたの方が論破されたんだよ(笑)。」
松陰
2008/02/17 06:49
 いや、あなたのお話を聞かないと、どう説明したらわかってもらえるものか思案していたのです。これで充分か、どうか、自信はないのですが、あなたの「中国」とわたしの「支那」は同義語だと思う。よく言われているように、支那は始皇帝の秦の王朝名がヨーロッパに伝わって国名のチャイナになった。音をふんで支那の当て字で表記した。
 それに対して、中国は、中華思想の文明の中心を含意した表記だと思う。支那人の自己表現として用いられるとともに、柵封をうけたり朝貢外交をかさねる周辺の夷狄の事大主義を表意している。そこを、あなたは相手の支那人の要求に応じて、中国の呼称を用いると書いていた。敬意と自虐の分別は不明だ。
 おなじように、そしてあなたが指摘したように、近代も現代に近づいて支那は、中国に対する侮蔑の意味が加わっている。アヘン戦争以来の中国の近代をながめると…それを輝かしい日本の近代と比較すればさらに、両者のコントラストが、あざやかに写る。「朝鮮」もおなじだな。
罵愚
2008/02/17 15:19

 わかってもらえるかなぁ?あなたが支那の言葉に、昭和前期に国粋主義者が犯した歴史の選択のあやまちを感じるように、わたしは、それにこだわるあなたたちに、近代をふみあやまった支那や朝鮮の宮廷官僚と同質の事大主義を感じるのです。2月2日のわたしのコメントの「あなたにお願いしたいのは、アメリカを批判するのとおなじ目線で、支那の共産党政権をながめたうえで、議論を展開してもらいたいことです。アメポチや支那犬の議論は、聞きあきているので…」と書いて「支那」の表記を用いた真意です。軽蔑が内包されているのは、いうまでもありません。
罵愚
2008/02/17 15:20
1、やっと答えてくれたね。「支那」の語源が、「よく言われているように、支那は始皇帝の秦の王朝名がヨーロッパに伝わって国名のチャイナになった。音をふんで支那の当て字で表記した。」というのは、1970年頃までの説だ。何の根拠もなかった。チャイナは、chだろう。それがどうして「音をふんで」shに転化し、「支那の当て字」になるのか、明確ではなかった。最初の用例さえも示されなかった。bugさんは、いい加減な本を読んでいるようだね。
 現在では、インドに行った中国の仏僧が経典を漢訳する際に、インド仏僧の「シナ」(始皇帝の秦を知っていたらしい。正確にはどんな発音か分からないが)を、いくつかの漢字で至那、脂那、支那、震旦、真旦、振旦などで表現したのが発端とされる。日本では、今昔物語本朝、震旦、天竺とある。支那は、多分、江戸時代になって使用されはじめ、新井白石の「采覧異言」(1713)が知られている。
 
松陰
2008/02/19 19:37
2、しかし、支那は、一部の仏僧や学者が用いているだけで、一般には「唐(から)」「唐人」が多く使われていた。これは最初は、インドでは秦への畏敬をこめた美称だったそうで、これが日本で蔑称に顕著に変わるのは、アヘン戦争、とくにアロー号戦争の敗北からだろうと考えられている。ただし清国への蔑視と日本中心論、あるいは本地垂迹説の逆転は、近世初頭から始まっている。
 美称から蔑称への転化は、さまざまな歴史的条件や社会変動、さらに蔑視される側の心理的要因もある。この点、加害者は鈍感だ。めくら、つぼ、おしなどの身体的条件によるもの、らい病などの伝染病(インフルエンザをイタリアではスペイン風邪、スペインではイタリア風邪と言っていたそうだ)、経済的条件の差別、人種的差別など、差別要因は多種多様だ。
松陰
2008/02/19 19:44
3、bugさんは、中国に尊大な中華意識を感じているが、日本もその模倣をしている。大和朝廷も周辺の集団を「まつろうもの」と「まつろわぬもの」に分け、さらに蝦夷、熊襲、隼人、土蜘蛛などの動物名で呼んだ。大和朝廷は小中華皇帝だった。これは学界の定説です。大和朝廷は、中国から天皇号を輸入し、さらに皇帝の時間支配の手段である元号を使用し始めた。bugさんが、中華意識の残滓を問題にするのであれば、早く中華文化圏から脱却するため、天皇制と元号の廃止を主張されたらいかがですか。中国ではすでに、共和制となり、元号をやめ、西暦を公元として採用しています。この点、日本は遅れています。
松陰
2008/02/19 19:55
4、だれも、他国の国名を決めることはできない。イギリスの長い名前も簡単にして欲しいと思うが、言うわけには行かない。中国は、古代以来の中華意識を払拭することを希望したいが、中国という国名を採用することにわれわれは文句は言えない。日本という名称も、中国の東方という意味であり、もともと「日辺に異面の人あり」と表現があったのを継承していよう。異面とは刺青のこと。邪馬台国にも文身としてでてくる。中国をやめてもらうなら日本もやめるかい?
 20世紀は戦争と殺戮の世紀だったが、21世紀は人類和解の世紀にして欲しいと願っている。そのためには、つまらないこだわりは、お互いに捨てることだ。中国で結構、日本で結構ではないか。議論は歴史学者の任せておけばいい。bugさんも、エネルギーの無駄遣いはやめることだ。
松陰
2008/02/19 20:06
 だったら「支那」でもいいんじゃぁないの?軽蔑を加味した「支那」もあってもいいと思うけどなぁ?
罵愚
2008/02/20 03:45
これだけ説明しても、bug さんは何にも分からないみたいだ。反論もできないみたいだ。それなら聞くが、「中国」ではどうしていけないのかね。「軽蔑を加味した」という以上、駄目なんだよ。なぜ軽蔑するんだ。江戸時代の学者たちみたいだ。日本人だって、もっとも古い呼称(秦よりは2世紀以上新しいが)である「倭奴」でもいいのかい。これはかって朝鮮での日本への蔑称だったんだけど。あるいは、「軽蔑を加味した」japで何が悪いといわれて、「はいはい」と聞くのかね。アメリカのイラク侵略を支持するアメリカかぶれの君なら言いそうだがね。基本は、どの国民にも国名を自称する権利があるということだ。他国人がとやかくいうことではない。
昔、中国に「夜郎」という国があったそうだ。自分の国が一番偉いと思い込んで、威張り散らしていたそうだ。夜郎自大という言葉の語源だ。
bug さんも、自分が一番えらいと思って、「罵愚」なんて自称しているが、笑いものだよ。自分が一番「愚」かも知れないではないか。日本人は、伝統的に、謙虚、謙譲の美徳を持っているんだ。「罵愚自大」なんて、冗談にもならないよ。
松陰
2008/02/20 05:06
古代の中華帝国の残滓の克服の一環として、天皇制と元号の廃止は欠かせないと思うのだが、bug さんのご意見を頂きたい。
松陰
2008/02/20 06:23
 皇室存続と元号制は、本題とは別個の話題だから、このスレッドでは話しません。もしも、議論したいのなら、別の場所にしてください。あるいは、あなたがご希望なら、わたしのブログにあたらしいスレッドをたててもいいです。
 支那の共産党政権が夜郎自大におちいって「中国」を自称する。事大主義のあなたがそれに追従して、地域的な概念としてはチベットやカシミールまでもを容認して「中国」と尊称する。おそらく、あなたの政治思想が根底にあるのだろうと想像できます。それに対して、わたしは軽蔑をこめて「支那」を使用します。あなたへの挑発でもあります。
 支那の共産党政権の誕生以来の事跡をたどっても、最近の毒物食品事件をみても、どこにも「中国」の尊称にあたいするようなものは見当たらない。チベットやカシミールは侵略そのものだと思うし、50ほどあるといわれている少数民族への圧迫は、300年も400年も以前の西欧の奴隷商人と変わらないものだと思う。それへの批判を込めて「支那」の呼称は、ありうると思います。
 外交用語としての国名をネットやブログに強制されるいわれはない。
罵愚
2008/02/22 04:39
1、bugさん。随分後退しましたね。結構結構。
 外交用語として中国を使うのは構わないそうだから、今後は「中国」と呼んでも、別に事大主義ではありませんね。1946年6月7日の外務省総務局長発の文書で、今後中華民国の呼称で「支那」は使わず、中華民国、中国を使用することにした。これが「支那」から「中国」への転換だ、ということはご存知でしょうねえ。
 bugさんがあげているのは、中華人民共和国の帝国主義的膨張政策、あるいは、最近の毒物食品事件等を指して非難しているので、前近代に由来する「支那」とはまったく無関係でしょう。むしろ戦後しばらく日本政府が使っていた「中共」の方が適切な表現なのではないですか。
 中国革命運動では、当初清朝の打倒と漢民族国家の樹立を目指していたが、義和団の乱以来、「扶清滅洋」に転換した。それは、漢民族国家ではなく、多民族国家をめざすことへの転換だった。辛亥革命後は、国民党も共産党もアヘン戦争以前への復帰を目標とした。しかし清帝国は中国史上最大の領土と朝貢国をもっていた。そこに大きな矛盾があったと思う。
松陰
2008/02/22 12:19
2、革命運動や、民族独立運動が、多民族国家を目指すのは結構だが、それには少数民族の自発的同意を必要とする。たとえば言語だ。多数民族の言語を新国家の公用語にしたら、いずれ軋轢が起る。インドは英語にしたが、火種はある。スリランカは随分事件があった。インドネシアは、多数民族のジャワ語を排し、人造語に近いインドネシア語にしたが、近年は分離運動が多い。パキスタンは、バングラデッシュを当初武力弾圧したが結局手放した。ユーゴは対独レジスタンスでは共闘したが、軋轢がひどくなりとうとう分解した。中国もそうだ。中国共産党は、単一共和国ではなく、せめて脱退自由の連邦制を目指すべきだった。ソ連は脱退自由を憲法では定めていたが、分離主義は完全に弾圧されていた。
わたしは、民族のみならず、いかなる理由であれ、地域住民の自由意思による分離の自由を認めるべきだと思う。
松陰
2008/02/22 12:31
3、bugさんにぜひ意見を聞きたいのだが、日本もまた少数民族と地域問題を抱えている。1970年代だたっと思うけど、アイヌ民族の団体の北海道ウタリ協会が、北方領土についての第一次発言権を要求する声明を発した。北方領土は日本の固有の領土ではなく、先住民族の土地だという内容だったと思う。bugさんは、将来の北方共和国を認めますか。
もうひとつは、沖縄です。もともとここは日本による琉球王国の強制的併合だった。今でも少数ながら琉球独立論があるそうだ。第二次大戦で多くの犠牲を出し、今でも日本中心部の代わりに広い米軍基地を引き受けている。わたしは、沖縄の人々が、もう東京政府のいうままになるのは嫌だと言い出したら、独立を認めてもいいのではないかと思うが、bugさんは、どうですか。まさかチベットは中国のものだ、ウイグルもカシミールも中国のものだというようなレベルのことは、言わないでしょうね。つまり北方領土も、沖縄も日本の固有の領土だとは、絶対に言わないでしょうね。それなら貴君の主張と一歩近づきますが。
松陰
2008/02/22 12:43
 話題は支那の呼称であって、日本の少数民族問題ではない。むしろ、支那の領土問題だ。侵略主義と呼び変えてもいい。中国国内の少数民族問題は、それなりの別種の問題を抱えているが、チベットやカシミールは、中国国内の少数民族問題ではなくて、侵略と支配の話題ですよ。
 あなたの「中国」の呼称のなかには、それを容認するニュアンスがふくまれている。2月13日の、あなたの文章をさしている。わたしの「支那」では、チベットやカシミールは支那の概念にはふくまれない。あなたの「中国」では、それがふくまれている。
 ちがいますか?国内の少数民族問題と、侵略した領土との境界線は、微妙でしょうが、沖縄やアイヌと、チベットやカシミールとのあいだには、明瞭なちがいがありますよ。それを、混濁させた議論をしたがるのは、あなたのなかの事大主義のなせる仕業だと、わたしは想像しています。
罵愚
2008/02/22 17:41
 この議論に加わるつもりはないが(罵愚クンとの議論は無駄であると思うので)、罵愚クンの議論を読んでいて、では罵愚クンが主張する「支那」の領域とは、どこをさすのか知りたくなった。教えて頂ければありがたい。もちろん拒否してもかまわない。
【善】
2008/02/22 19:43
1、珍論だね。戦前発行の地理の本や地図を見ると、西蔵は、ちゃんと支那の一部になっているよ。二つの支那の概念があって、支那本部は海岸地方、その他が西蔵、蒙疆、満洲などだ。支那または支那大陸という場合は全部を含んでいた。チベットは支那ではないというのは、bugさんの独創か、三流学者、小説家、漫画家の創作だろう。支那の語源すら知らなかったbug には、ブログで自説を開陳する資格があるのかねえ。なおカシミールは英領印度だ。
 国境紛争は世界中にある。北アイルランドは連合王国から分離したほうがいいと個人的には思うけれど、イギリスとして扱う。イスラエルは建国そのものが間違っていたと思うけれど、存在は認めざるを得ない。チベットも分離したほうがいいと思うけれど、現状では中国の一部として扱う。当たり前ではないか。もしこれを事大主義というのなら、bugさん、世界中の地図を引き直してみてくださいよ。それをしない限り、あなたの主張は、イギリスにも、ロシアにも、イスラエルにも、もしかするとアメリカにも事大主義ということになる。小児病的な観念論はやめなさいよ。
松陰
2008/02/23 08:21
2、前に述べたように、中国の民族運動では、アヘン戦争以前への復帰が目標とされていた。1950年代後半の人民解放軍のチベットへの侵攻には、台湾当局は反対しなかった。第2次大戦終了時で、ヤルタ会談で外モンゴルの独立を決めたが、国民政府の蒋介石は猛烈に抵抗した。かれもアヘン戦争以前を領土とする多民族国家を目指していたのだ。もっとも現在の台湾の諸政党がどう考えているかは知らない。
 それと、bugさんが逃げ回っているのが、日本の問題だ。何かを批判すれば、同じ論理が自分にも突き刺さってくるものだ。
(1)古代中華帝国の残滓物である天皇制と元号はどうするんだ。即答したまえ。イエスかノーでいい。
(2)北方領土は固有の領土なのか。沖縄=琉球の分離独立は容認するのか。
 君のチベット問題の論理は、君自身に跳ね返って来ているんだ。「ここがロードス島だ、ここで跳べ。」(ギリシア古諺)
松陰
2008/02/23 08:34
 国名と政権の呼称と現実的な支配領域をごっちゃにして、自分の政治的理念に都合のいいように解釈すると、あなたの主張が生まれてくるんだろう。地図の中国にモンゴルやチベットがふくまれていたのを根拠に、共産党政権による支配の正当性主張するのなら、朝鮮半島や台湾の日本領有も主張できるよ。
 あなたが、いみじくも指摘しているように「支那」が蔑称だとしたら、中国は尊称だろう。わたしとあなたの政治的価値観のちがいが、その呼称を別なものにしているにすぎない。だとすればだよ、わたしとしては、支那の共産党政権の評価こそが、話題の中心になると考えているんだよ。
 この話題が、天皇制や元号とどうリンクするのか、日本の領土問題とどうリンクするのかわからない。別種の話題を呼び込んで、混乱させているだけだと思う。
罵愚
2008/02/24 05:49
bugさん。
1、誤魔化してはいけない。戦前、「支那」を蔑視した時代に、西蔵は、支那あるいは、支那大陸の一部として扱われていたのだ。これは客観的事実だ。政治的理念や価値観の問題じゃないんだ。西蔵は「支那」ではないというbugさんの主張が、根拠のない主観的なものなんだよ。不利になると主観の相違を持ち出すんだね。これでは議論にならない。議論は事実の実証を基礎にしなければ、進まない。bugさんの政治的理念や政治的価値観とやらは、宙に浮いているように見えるね。
 「支那の共産党政権の評価こそが、話題の中心になる」ので結構だ。しかし西蔵は「支那」ではないと言い出すもんだから、びっくりして戦前の常識を紹介しただけだ。「支那本部」ではないというなら、その通りだけどね。別に現在の中国政府の正当性を主張しているのではないよ。反論するんなら、ちょっと図書館に行って、戦前のいろんな本を調べてきなさいよ。
 
松陰
2008/02/24 07:50
bugさん
2、主張は、ある程度普遍性を持たねばならない。そうでなければ、理論ではない。領土問題は中国に対してだけ当てはまる議論ではだめだ。どの国に対しても、当てはまる普遍性をもった主張でなければ、有効ではない。
 天皇制、元号や、日本の領土問題が、どうリンクしているか分からないなんて、どうかしてるよ。bugさんの主張が、理論として成り立つかどうかの最重要のポイントなんだ。別種の話題じゃないんだよ。もしご希望なら、イギリスやアメリカ、あるいはイスラエルを例示してもいいよ。でも日本を論じるのが、一番手近でいいんじゃない。
松陰
2008/02/24 07:54
 おやおや、また論旨の変更かい。あなたの最初のご質問の「支那ってどこの国?」は、わたしのつかっている「支那」であって、地図に記載されたそれではなかったはずだ。あなたの使っている「中国」と同義語なんだが、あなたはチベット侵略を肯定的にとらえているのに対して、わたしの「支那」はそれを否定して、むしろ除外した概念なんだよ。
 国家の領域が不確定で変化に富んでいるのは、支那にかぎらず、むしろ通常だ。どこかで輪切りにして固定化して呼んだ「支那」の名称ではないことは、説明したつもりなんだがなぁ。したがって、戦前も未来も、地図になにが記載されているかなんてことは、関係ない。この話題が、天皇制や元号にどうリンクするのかなんて、わたしには、さらに理解不能だ。
 むしろ、無理やりそちらに話題を振り向けたいあなたのご希望が、なぜ出てきたのかをあわせて、ご説明願いたいぐらいだ。
罵愚
2008/02/24 15:42
bugさん。わたしはどこも論旨を変更していないよ。
1、市販されている地図というのは、戦前のある時期(大正ないし昭和前期)の一般的常識の反映だし、当時の外交政策、軍事政策、学界の通念だったとみなして差支えないと思う。地図は重要なんだよ。
「支那本部」に相当するのかと思ったが、満洲や蒙疆に言及しないから、いまいち不明確だ。今回の論争で分かったことは、bugさんのいう「支那」の範囲が、bugさんの独創ということだ。
「国家の領域が不確定で変化に富んでいる」という点は、賛成だ(2月15日には、否定的だったようだが)。わたしの意見は、どの地域も住民の意向が第一であって、分離の自由もあれば、連合の自由もあるということだ。bugさんのいうチベットが中国に帰属するか、分離するかは、そこに居住している人民の決定することであって、われわれがどうこういうことではない。今後のコソボ独立も、歴史的経緯は複雑だが(セルビアの言い分も理解できる)、当面は現在の住民の意向を尊重するほかはない。どう思いませんかね。
  




松陰
2008/02/24 17:03
 私は罵愚クンとの議論は無駄だから参加したくはありません。しかし、これだけは言っておきましょう。松陰さん、罵愚クンの「支那」は「わたしのつかっている「支那」であって、地図に記載されたそれではなかった」と書いているように、あくまで罵愚クンの主観的な「支那」なのですから、当初から共通の土俵はないのです。罵愚クンは、客観的な議論をしようとは思っていないのです。自らの主観的な考えを開陳したいだけなのです。松陰さんは罵愚クンの「論理」を敷衍していくつかの論点を示していますが、罵愚クンの「論理」は、当初から普遍性はないのです。通常、ある一定の論理に基づいて何らかの主張をしたり、他者の主張を是認したりする場合、その論理が他の事例へも「応用」される可能性を見据えておかなければなりません。コソボの独立をロシアやスペインが反対するように。しかし罵愚クンには、そういう発想はないのです。
【善】
2008/02/24 17:10
2、bugさんは、「チベットやカシミールは、中国国内の少数民族問題ではなくて、侵略と支配の話題ですよ。」といいましたね。一方アイヌと沖縄は「国内の少数民族問題」(2月22日)といいましたね。
わたしは、アイヌと沖縄は、「侵略と支配」の問題だと思っているんですよ。少なくとも、明治維新までは北海道の大部分と沖縄は日本の領土ではなかったし、「少数民族問題」としてのみ処理されるべきではないと思っている。中国は、欧米列強の圧迫を受ける以前という意味で、アヘン戦争以前への復帰を目標にしたが、日本の上記の問題は、ペリー以後に生じたことだ。
bugさんの論理を適用すると、この問題にどういう処理をすべきなのか、興味津々なんでね。
松陰
2008/02/24 17:12
bugさんは、「中国は、中華思想の文明の中心を含意した表記だと思う。支那人の自己表現として用いられるとともに、柵封をうけたり朝貢外交をかさねる周辺の夷狄の事大主義を表意している。」(2月17日)といいましたね。(柵封は、冊封)
 中国の王朝に対応して、天皇号を用い、元号を用いるのは、まさに「夷狄の事大主義」の残滓としての「小中華主義」(大中華に何とか対抗しようとして自らを小中華に組織した大和朝廷)だと思うのだが、その払拭が必要だと、bugさんはいうかと思っていたのだが。わたしは、中国の「大中華主義」もいやだが、「小中華主義」もいやだね。ここにメスを入れる勇気があるなら、bugさんの中国批判も少しは普遍性を持つのだが。
松陰
2008/02/24 17:21
 どうしてそんなに論点をはぐらかした議論をするんだろうねぇ、話題は、わたしの「支那」の用語の当・不当だった。言葉そのものは、わたしの造語ではない。松陰さんの由来の説明を、わたしはけっして納得しているわけではないが、昔から使われていた言葉だったことは、わかってもらえたようだ。最初に書いたように、この議論は10年か20年ほど昔、メディアがとりあげたことがあった。それを書き写したような松陰さんの議論には、つきあおうとは思わない。
 それが、朝廷や政治権力をさすものではなく、地域的概念を固定したものでもないことも、理解してもらえた。その意味では松陰さんが使っている「中国」もおなじだな。中国と支那は、その意味では同義なんだが、その近現代や現在の支配政権やその政策を肯定的にとらえれば中国になり、わたしのように否定的にとらえれば支那になるのだと思う。もちろん外交文書に用いることはできないし、出版物で使用するには、それなりの注意が必要なんだろうが、ネットで使う分には、問題はないと思う。
罵愚
2008/02/26 06:28
 わたしの説明はこれで終わりで、これで全部だ。少数民族問題や元号にリンクするところはどこにもない。しかし、議論の応酬を通じて、松陰さんの発言は変化してきて、それにつれて矛盾点も浮き彫りになってきたな。たとえば、チベットはむかしから地図上では支那に併合されていたというのなら、反対に満州も独立して記載されていたことがあるわけだ。満州国を独立国として描かれていた地図を根拠に日本の傀儡を正当化できるのかね?
 あるいは、朝鮮半島や台湾を日本領とした古い地図を根拠にその領有を蒸し返すことなんか、できはしないだろう。カシミールは、その話題の現在進行形だろう。印パ紛争に悪乗りして侵攻している人民解放軍の占領地域を中国領として正当化する理由はなんだろうかねぇ?
 誤解しないでくださいよ。これらの疑問への回答を、松陰さんに突きつけているんじゃぁない。読者が、矛盾に気づいてくれれば、わたしの目的は達成されているんだから、ご返事は期待していない。
罵愚
2008/02/26 06:29
 そして、話題はもとに戻るんだが…つまり、支那を侮蔑する理由のひとつなんだが、22日のふたつめの投稿文の終わりの部分で松陰さんは『民族のみならず、いかなる理由であれ、地域住民の自由意思による分離の自由を認めるべきだと思う』と書いている。これって、従来の松陰さんの文脈とは、ずいぶん食い違った政治的価値観だよねぇ。誤解しないで読んでくださいよ、チベットや台湾の分離独立運動を話題にしようというのではない。共産党政権下の支那人そのものが話題の中心です。人民の国家を目標の共産党政権の樹立を果たして60年もたつのに、自国民に参政権も与えられない一党独裁国家の膨張政策は、あなたの説明の『住民の自由意志』の結果でしょうかねえ?60年ものあいだ、国民選挙もやらずに居座っている共産党政権の正当性を、民主主義者としての松陰さんが、どう説明するのでしょうかねぇ?論点を、支那の独裁政権の不当から、松陰さんの矛盾に移しますか(笑)?
罵愚
2008/02/26 06:29
1、仏典説を知っていたのかね。「支那」というのは、決して一般に「昔から使われていた言葉」じゃないんだよ。近世(江戸時代)以降、とくに明治維新以降に広がった用語だ。それを「昔から」と漠然と言ったら駄目だ。
外交文書や出版物での使用についての御注意には、同感だ。しかしたとえ個人的意見でも、地域的用語を好き嫌いでいうのは、トラブルの元だね。ネットはグローバルだ。世界中のだれでも読めるんだ。
松陰
2008/02/26 09:07
2、たとえば、ネット普及以前だが、 japは、個人的に使っているんだ、何が悪いという主張を、日本の政府機関、言論機関、経済文化団体、あるいは個人的な交流など、あらゆるチャンネルを使い、長い間かかって説得してきた。ようやく、japという発言は、収まったと思うが、しかし何か事件があると噴出してくるのは残念だ。まして、ネットは、出版物以上に瞬時に世界を駆け回る。しかもほとんど匿名だ。
 中国政府や中国共産党を批判するのに、何もレッテル貼りをすることはない。国際法規や、世界人権宣言にもとづいて、正々堂々と批判すればいいではないか。その方が余程説得的ではないか。蔑視用語を使えば、あなたも半ば認めている悪名高き日本帝国主義の再来と思われ、民族的反感を助長するだけだ。
松陰
2008/02/26 09:08
3、地図については、アホらしい議論だ。また「むかしから」だ。
地図は国策で作られ、国民の意識を変える道具だ。出版社が自由に作っていたわけではない。時期によって少しづつ違うんだ。
辛亥革命以前は、支那と清国は混在していたが、革命で中華民国が成立して、支那の呼称が強まった。それと同時に満蒙独立論も生れてくる。すでに満鉄を獲得していたしね。1915年の対華21ヶ条要求がそれに拍車をかけた。チベットや新疆については、まだ明確な議論はなかったが、満蒙は支那にあらずとして分離させようという議論が次第に支配的になってくる。
「満州国を独立国として描かれていた地図」ではないよ。満州国を作ったら、「満州国」と明記される筈。しかも熱河省など内蒙古を徐々に支那から分離し始める。1933年の熱河作戦は、ここも満洲だという名目だった。地図も国策に応じて変化している。
松陰
2008/02/26 09:10
4、わたしは、中印紛争や中越紛争は、たとえ歴史的経緯があっても、中国側が譲歩すべきだと思うけど。
現在進行形の紛争なら、日本の周辺にもある。北方領土、竹島、尖閣諸島などだ。よその国の国境紛争より、こっちの議論を聞きたいね。あなたの議論が、中国に対するのと、自国に対するのと、論理が矛盾しているんじゃないかと、読者も気づいていると思うよ。

松陰
2008/02/26 09:11
5、中国の一党独裁は、民衆主義に反することは自明のことだ。解放直後は、抗日戦争の功績や、国民党の腐敗もあって、民衆の圧倒的な支持があったと思うけど、1956年の百家争鳴が反右派闘争に暗転してから、おかしくなったと思う。しかしそれを助長したのは、冷戦体制だと思う。アイゼンハワー政権の時期だ。
アメリカは1950年代前半のグワテマラ介入以来、中米に対しては、強圧政策を採ってきた。1955年からはジュネーブ協定を拒否し、ベトナムに介入した。1954年にイランのモサデグ首相を暗殺したのは、CIAだ。中国はハリネズミみたいになってしまった。日本の岸内閣が1960年に日米安保改定をしたのは、それに拍車をかけた。「極東の範囲」が刺激した。
松陰
2008/02/26 09:13
6、わたしは、その国の政体を決めるのは、その国の人民自身だと思う。フセインが気に入らないからといって攻め込んではいけない。じっと待つしかないのだ。外交政策としては内政不干渉だ。たとえ民主主義国家ではなくても、経済関係や文化交流はしなければならない。そのことが、大きな効果を発揮するのだ。
イラン・イラク戦争では、アメリカはフセインを後押しした。タリバーンもアルカイダもアメリカが育てた。アメリカが介入をやめれば、世界はどんどん好くなる。アメリカが東北アジアから手を引けば、中国と北朝鮮の民主化は早まると思う。ベトナムがそうだったように。
松陰
2008/02/26 09:13
7、イランのモサデグ政権のとき、ペルシャ湾を英仏艦隊が封鎖した。石油が輸出できなくなった。そこを突破して日本の出光石油のタンカー日章丸が、非武装で石油を買いに行った。これは中東民衆の親日感情を確固としたものにしたが、折角の遺産を、小泉内閣が台無しにした。中東に自衛隊を派遣したら駄目なんだ。それを同じで、東北アジアでも、悪罵ではなく、経済交流と文化交流で行った方がいい。そのことが民衆レベルに浸透すれば、世の中は変わると思う。どう、bugさんも、アフガニスタンの中村さんや、イラクの高遠さんのように、中国にでかけていったら?それが一番早道だと思うよ。
松陰
2008/02/26 09:15
 あなたの語源解説は、20年前にあった論争のコピペにすぎない。わたしは異論ありなんだが、論点に直接関係ないので、ここでは議論の対象にしない。100%、あなたの解説を鵜呑みにしても、アヘン戦争当時の昔から「支那」の言葉は実在したわけだ。日本語として定着していたといっていい。
 支那人がそれを差別用語として認識して…日本人もそれを自覚して「中国」に変更した。双方が、軽蔑を認識していたわけだ。公用語としては不適だとしても、わたしのような、いまだに支那の近現代と現在の共産党政権やその政策を批判を通り越して軽蔑してながめているものにとっては、便利な表現だ。その批判的な立場を込めての、ブログやネットでの使用を、あなたに制限されるいわれはないと思う。あなたのご意見は、おろかな言葉狩りだと思う。つまり、あなたの個人的な価値観を、ネット全体に押しつけようとしている。
罵愚
2008/02/27 04:38
 「支那」は軽蔑がこめられているから、支那に変えて「中国」を使えと、あなたは世間に向かって強制する。しかしねえ、支那への軽蔑とまったくおなじように、その「中国」には、時代錯誤の事大主義が詰まっているんじゃぁないのかなぁ?中華思想の中華の意義が、中国という言葉には詰まっている。かつての中華文明の中心地という評価が、あなたたちの政治的価値観の中心地に入れ替わっただけのことでしょう。20年ほどまえまではモスクワ事大主義者だったあなたたちが、そのご本尊さまを北京に移し変えて、支那事大主義になっただけのことだ。支那の語源とおなじ情熱で、中国の語源も解説していただけますか?
 わかってもらえるかなぁ?あなたの中国とわたしの支那はおなじ事物を好意的に評価するか否定的に評価するのかの、評価を含意した名称にすぎない。支那の非民主化や侵略主義の責任を、アメリカのアイゼンハワーに押しつけるような議論が、それをよくあらわしていると思う。自国の統治政権を自分で選択する、自決の権利が、まったく理解できない人には、時代錯誤の事大主義がお似合いなんだろう。
罵愚
2008/02/27 04:38
 アレレ、消えちゃったの?
罵愚
2008/03/03 13:45
 罵愚クン、「消えちゃった」のではなく、キミが消したのだよ。「公用語としては不適だとしても、わたしのような、(中略)軽蔑してながめているものにとっては、便利な表現だ」などという、[主観的な]主張を繰り広げている人とは、議論が成り立たないのだよ。キミの「あなたの中国とわたしの支那はおなじ事物を好意的に評価するか否定的に評価するのかの、評価を含意した名称にすぎない。」も同じだ。松陰氏は、根拠に基づいて議論を展開しようとしているのに、キミはいつも「主観の世界」だ。もう議論はやめたほうがよい。非生産的だ、キミとの議論は。
【善】
2008/03/03 23:00
他出、多忙でしばらく見なかったが、bugさんは相変わらず非論理的なことを云っているんだね。ちゃんと学校教育を受けたのかね。
身勝手な主張は、全部自分に跳ね返ってくるということをどうして分からないのか。
1、たとえば「わたしのような、いまだに支那の近現代と現在の共産党政権やその政策を批判を通り越して軽蔑してながめているものにとっては、便利な表現だ。その批判的な立場を込めての、ブログやネットでの使用を、あなたに制限されるいわれはないと思う。」といわれるが、同じ論理でjapとか倭奴といわれてもいいというわけだ。違うかい。また逃げるかい。
「中国」の最初の用例は知らないが、歴史書では新唐書か旧唐書に出てくる。倭国の使節がはじめて「日本」と名乗った時だ。歴史的には「中国」と「日本」は同じ歴史的次元の対になっている名称だ(これは前に云ったよ。2月19日付)。
 中国政府を批判するのなら、レッテルではなく、政策・制度・社会批判で十分できるではないか。一般には理論を展開できない連中がレッテルはリに走るんだ。poor whiteの黒人差別と同じだ。
松陰
2008/03/05 04:40
2、bugさんは、歴史に弱いようだね。「昔から」をたしか3度使っている。雑駁だね。最後が「アヘン戦争当時の昔から」だ。「昔」ではないんだよ。生々しい記憶なんだ。やっと香港が返還されたばかりで、事後処理も完了していない。日本人にとっても、ペリー来航は「昔」ではないし、アイヌ人にとっては、1789年のクナシリメナシの虐殺は「昔」ではないんだ。近代の最初から問い直されているんだよ。西欧がエジプトやギリシアの文化財の返還を求められているようにね。
またアイヌとは関係ないというのかね。ある主張が普遍性を持たねば、主張として通用しないということを何度云ったら分かるんだろう。
松陰
2008/03/05 04:50
3、理論や主張には、好意的とか否定的とかは関係ないんだ。そういう感情から立論するのは主観主義であり、観念論に過ぎない。
わたしは次の問題はまだ勉強中だが、「開発独裁」という用語がある。旧植民地諸国や封建制が長引いた国は、近代化(開発)が遅れた。しかしすぐ西欧風の民主主義を採用できない。むしろ短期間の近代化を達成するために、革命や独立直後から「開発独裁」が成立するという理論だ。イデオロギーとしては民族主義、宗教(たとえばイスラム教)、共産主義が使われるが、それはイデオロギー的外被(外皮)に過ぎないという理論だ。しかもこれが冷戦によって、米ソ双方に利用された。ベトナムなど共産主義の脅威といわれたが、アメリカが撤退すると急速に開発を進めている。イデオロギーはまさしく独立達成のための外皮だった。
松陰
2008/03/05 05:00
4、中国はもはや社会主義ではない。まだ国有企業は残っているけれども、資本主義国でも、交通通信とか市民生活の基本部分を国有にしている国はたくさんあるから、もうあまり差がなくなっている。共産党の構成も経営者が中心となり、ある人は商工会議所の独裁というくらいだ。「共産」という名に目が眩んでは、本質を見失う。
現象、実態、本質と段階があるというが、bugさんは、現象の表皮だけ見てカッカとしているんだ。せめて現象論から実態論のレベルに進んでくださいよ。名は体を表わすというのは一面の真理だが、名に囚われていると実態も本質も分からないよ。わからん連中が、レッテル貼りをして自己満足するんだ。
松陰
2008/03/05 05:09
5、1950年代後半のアイゼンハワー政権のことを述べたが、まったく理解されなかったようだ。アメリカは中国革命に干渉し、台湾海峡に第七艦隊を派遣した。これはトルーマン政権の時だ。ところが朝鮮戦争が終了しフランスがベトナムから撤退してようやく平和がもたらされたのに、アメリカはジュネーブ協定を無視して南ベトナムを囲い込み(ゴ・ヂェンヂェム政権)、台湾海峡から艦隊を引き揚げず、沖縄基地を強化した。そして日米安保の「極東条項」だ。国際政治では「動あれば反動あり」だ。相手も身構えた。アメリカのこの時期の瀬戸際外交、ロールバック政策(ダレス外交)が、もっと穏便なものであれば、事態は全然違っていた。日本でも石橋内閣の挫折(原因は首相の病気)が、マイナス転換点だった。石橋内閣が続いていたら、かったく違った五十年の歴史が展開されていたと思う。このあたりは脊髄反射で発言せず、よく勉強してから反論してくださいよ。
論争はいくらでもやってもいいが、不勉強のまま、いいかげんなレッテル論議はやめてくれないか。善さんにも迷惑をかけているようだし。
松陰
2008/03/05 05:23
 何回もくりかえしているとおり、本題は支那と中国のふたつの呼称だ。あなたは論点をそらして、言い逃れをくりかえしている。そのひとつひとつを論破したいのだが、それをすると、さらに議論を拡散させて、話題を霧散させてしまう、あなたの作戦がみえみえなので、ぐっと自重して、また本題に帰ろう。
 すでにあなたが書いたように、もともと支那の呼称に侮蔑の意味はなかった。単純な国名に軽蔑が含まれた経過を、意識的にあなたは避けている。反対に中国の「中」は、中華の二文字からの借用だ。中華民国であろうと中華人民共和国であろうと、頭文字の「中」の字には中華思想が表敬されている。日本人のあなたが、その中華思想に洗脳された呼称にこだわる理由は、なんでしょうか?
 中立的な支那は侮蔑語に変化した。事大主義的な中国は、その事大主義のまま変化せずに、あなたに使用されているのではありませんか。あなたの長い文章が、それを実証している。支那が侮蔑に変化した過程と、にもかかわらず中国への事大主義を変化させない、あなたの事情を説明してみせてください。
罵愚
2008/03/05 06:07
 もうやめた方がよろしいのでは。罵愚クンの主張は「とにかく中国を蔑称として、支那と呼ぶのだ」というものです。それしかないのです。いかに反論されようと、その結論を墨守したいのです。それに対し、松陰氏は正攻法で反論されますが(たとえば罵愚クンの「論理」を普遍性のまな板にのせると・・・・・となる、というように)、しかしそれは罵愚クンには通じないのです。もうこれは議論になりません。
【善】
2008/03/05 20:18
善さんのおっしゃる通り。bugさんは、どうも歴史的感覚も国際感覚もゼロで、自分の好悪の感情だけを露出しているだけのようです。倭の日本への改称は中国・中華の存在を前提とし、東夷からの地位を上昇させようとして自ら名乗った国名だ。まさに事大主義そのものの国名なんですよ。中国が駄目なら日本も止めたら、というのが、小生の最終意見。馬鹿馬鹿しい論争でした。時間の無駄でした。善さんごめんなさい。これからはbugさんの本拠に乗り込んでやりますよ。しかし、人生の時間は無駄にしたくないなあ。
松陰
2008/03/05 21:50
 名称に論理とか、普遍性があるものでしょうか?歴史感覚として、蔑称としての支那を排斥するのなら、それが蔑称に変化した歴史的経過から目をそらす、あなたたちの議論のほうが問題だと思う。蔑称としての支那と尊称としての中国は、その歴史的感覚の表現にすぎない。このわたしの説明に論理的≠ノ反論できなかったのは、あなたたちだった。
 歴史的感覚ということであれば、あなたたちの中国だって、それが蔑称に変わる危険性はあるわけだ。数年前の反日デモや、今回のギョウザ事件のような出来事がくりかえされれば、日本人の脳みそのなかで「中国」という国名が、侮蔑語に変化する事態はありうる。「チャイナフリー」という新生語が、それを予見している。
罵愚
2008/03/06 05:18
 この尊称としての中国が蔑称としての中国に変化する過程は、支那が蔑称に変化したのと相似形の歴史的経過だ。中国の近・現代が、支那という日本語に侮蔑の意味を加味していった。このようにして、日本語の支那の中に侮蔑が含意されていったのだ。歴史感覚や国際感覚をこめて説明すれば、そういうことですよ。
 松陰さんは、歴史感覚、国際感覚と書きながら、あなたご自身のそれをちっとも表明してはいない。逃げ回ってばかりいると思う。
罵愚
2008/03/06 05:19
bugさん。まだ侮蔑にこだわっていますね。「支那」は止めようという外務省の通達以来の、またjapなどもやめてほしいという努力の歴史がある。国際関係では、レッテル貼り自身が摩擦の原因になる。第2次大戦以降の常識的な判断を無視しては駄目だし、まして戦前を肯定しては駄目だ。あなたのは身勝手な歴史逆行の感覚だ。かりに国際紛争が起っても、悪罵の投げ合いで紛争の激化をさせないように相互に努力するのが、大人の態度だ。
 幼稚なレッテル貼りは日本人として恥ずかしいよ。

松陰
2008/03/06 06:07
 bugさんの主張は、蛮夷の論理なんだ。かって中国から天皇号、元号を押戴き、今もって、大臣とか省とかの律令用語を使っている。元号なんて、中国周辺ではどこも使っていないんだよ。日本人は文字を発案できなかった。そこで漢字を借用しているが、古代中国の音をそおまま使っている。このようにわが内なる中華がたくさんあるんだ。罵愚なんて、漢音だし、読み方も中国風だ。おれは賢い、まわりはみんな愚かだなんて、思い上がりがそうだ。中華意識の残存を問題にするなら、bug さん自身の小中華意識(天皇が小中華だから、極小中華か)をまず捨てることだ。
もうここでは論争はやめよう。他人の土俵だし。今度、あなたのブロクに投稿しますよ。ただし、暇があったらね。
松陰
2008/03/06 06:08
 支那の呼称が「幼稚なレッテル貼り」だとしたら、支那を中国に訂正しようというあなたの主張も、おなじレベルの「訂正シール」にすぎないと、わたしは説明しているつもりなんだがなぁ〜、
罵愚
2008/03/06 16:06
 わたしは、はじめから好悪の感情表現にすぎないとことわって、この議論をはじめていますよ。そこに「歴史的感覚や国際感覚」をもちこんだのは、あなたです。「支那」に軽蔑をこめた感情表現が、どうして組み込まれたのかの歴史的背景の説明については、あなたの反論が聞かれないということは、わたしの説明に納得してくれたと考えていいですか。すくなくとも、この部分は論破できたとして、再開はしない。よろしいですね。
 それを前提にして、もうちょっと話します。外務省の次官通達について、あなたは書いていますが…あたりまえの話ですが、このあたりまえのところから説明しないと、わかってもらえそうもないから、ここからスタートしますが、外務省とはわが国の外交政策を主管する官庁です。その目的は、国益ですよ。国益を根底においた外交政策ののかでは、たかが呼称の問題で関係をそこねられるはずもなく、相手の嫌がる支那をやめますといっている。ついては、出版や放送でも使うのを自粛してくれということでしょう。
罵愚
2008/03/06 16:07
 ネットにおける個人的な発言までもが、それにしばられるはずはない。むしろ、出版や放送でも、わたしとおなじ意識で「支那」を使っているケースは、皆無ではありません。個人的な会話で使う「支那」までもを、中国に統一してしまおうなんていう、あなたのご意見はことば狩り≠フようなものです。
 japはいやだろう。japがいやなら支那もやめようといいますがね、japを使った外交文書なんてありませんよ。支那とおなじように、japも外交からは消えているんです。しかし、ネットでは、使われています。「使われたから、やり返すのか?」なんて、ちびた議論をまぜっかえさないでください。アメリカのjapとおなじように、中国や韓国のネット上では、日本を意味する侮蔑語は氾濫しています。もういちど、誤解しないでくださいよ、「おまえだってやっているじゃぁないか」の論理ではない。ネットの書き込みと外交文書は、別次元の話だ。外交規範をブログの書き込みに強制する。それもこちらサイドにかぎった話で、相手側のそれには目をつむる。そういうあなたの行動を、小中華と呼ぶんじゃぁなかろうか。
罵愚
2008/03/06 16:08
 もうちょっとつづけます。松陰さんは「Japとか倭奴とかチョッパリという蔑称もあります」と、それらの言葉と「支那」を同列にあつかっている。たしかに侮蔑の意味では同列にあつかえるんだが、その来歴にはちがいがあると思う。つまり、Japや倭奴やチョッパリが、その誕生のときから侮蔑語として生まれたのに対して、支那は…松陰さんのご説明をマルマル信用したとしても、東アジアが近代に入るときには軽蔑の意味はまったくなかった。誕生の動機が軽蔑だったという意味ではJapや倭奴やチョッパリとおなじ言葉はちゃんころ≠セと思う。これは、さすがにわたしもつかう気にはなれない。
 アヘン戦争当時の支那は、中国と同義で、侮蔑の意味はなかった。その後の支那の近・現代が、この言葉に侮蔑の意味を加えてきたのだが、それはその大部分を支那人自身が責任を負うものだと思う。支那自身の責任を問う意味を込めた支那の使用法があるということだ。
罵愚
2008/03/08 05:25
不毛なコメント論争ですね。罵愚さんは単に皮肉って「支那」を使っているだけだと思いますよ。「支那」の定義も「中国」の定義も同じだと思います。「支那」と言う言葉に過剰に敏感に反応している松陰さんと【善】さんは中国人でしょうか?むかし、「えた、ひにん」と言う言葉がありました。この言葉をどう捉えるかです。未だに同和問題は解決していません。対象として差別されている方はこの「えた、ひにん」に共通した何かを感じるでしょう。しかし、対象でない方は昔の言葉と思うでしょう。
罵愚さんの「支那」に当事者として侮蔑されていると思っているか?自身が「支那」を侮辱しているか?のどちらかと考えられますね。米国と中国を同じ線上において考えることがおかしいかと。米国への外交。中国への外交。それぞれ別物です。ただ言えるのは日本がその狭間におかれていることです。両方に目を向けるべきでしょう。
一般人
2008/03/09 14:20
 「単に皮肉って「支那」を使っているだけだ」というご意見に同意します。バグクンが「理由」を語るからです。松陰氏や私は、その「理由」を敷衍すると「・・・となる」というように考えます。一定の主張にはそれなりの「論理」(「理由」でも可)が必要であり。そうでないと普遍性を持ち得ません。私たちはそこを問題にしたのですが、通じなかったようです。だから、一般人さんが言うように「単に・・・」だったのです。なお、外交には「外交」という普遍性と、それぞれの国家との外交という「個別性」があります。「それぞれ別物」というわけにはいきません。
これでこの「論争」は打ち切ります。
【善】
2008/03/13 20:31
「沖縄タイムス」の連載 過去と未来の間/BIGLOBEウェブリブログ
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