「在日米軍再編」で明らかになったのは、軍事基地は政治主導でいかようにも再編できるということ。日米の「再編」の過程を探っていくと、米国からは違う風景が見えてくる。米太平洋軍司令部があるハワイで、米軍関係者を取材した。 「米軍再編を追う・ハワイリポート」が始まっている。 米軍再編は、日本の自衛隊をアメリカ軍に統合してオペレーションを展開するためのもの。 沖縄もその一環にある。 http://www.okinawatimes.co.jp/spe/hawaiireport/index.html |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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支那の近代が、西欧の帝国主義列強による植民地争奪戦の修羅場だったように、日本をふくむ東南アジアが、アメリカと支那の植民地戦争の戦場になっているのかなぁ? |
罵愚 2008/02/02 03:45 |
支那ってどこの国? 他国を蔑称で呼ぶなら、自国(民)も蔑称で呼ばれることを甘受する覚悟があるのかい? 外国へ行ってJapっていわれてもいいのかい? 倭奴とかチョッパリという蔑称もありますよ。つまらぬ強がりは、弱虫のやることだ。日本人はもっと堂々としていなければ。 ああそうか、何でもアメリカを擁護する従米・屈米・隷米の、例の bug さんだっけ。 もう聞き飽きたよ。それにつけても、アメリカ・ポチって、だれのことだい? |
松陰 2008/02/03 13:31 |
支那って蔑称かなぁ?中国って、どこのこと?いまだに「朝鮮民主主義人民共和国」って書かないと、いけませんか?10年前に終わった議論なんだけど…むしろ、あなたは自分の斜視を指摘されたのが、あなたの自尊心を傷つけたのに、それを素直に表現できないでプッツンしているんではありませんか? |
罵愚 2008/02/04 04:49 |
1、あんたの仲間内の10年前の論争なんて知らないね。歴史学界や外交史学界での議論では、「支那」は使わないよ。 |
松陰 2008/02/07 08:37 |
2、1950年代後半の「昭和史論争」で、批判の急先鋒だった竹山道雄氏は、当初「支那」と呼んでおられたが、台湾に渡航して、政府・党の幹部や知識人と会談されてからは、中国と改められた。以後、北京と台北のどちらを「中国」と呼ぶかは別にして、右翼も含め、「支那」の呼称は影を潜めた。 |
松陰 2008/02/07 08:38 |
3、日本は戦後アメリカなどに、japという呼称をやめるように、いろんなルートで働きかけてきた。時々、庶民レベルで噴出するが、大体は、言論界などの努力で、japは抑制されている。黒人への蔑称も抑制されている。国際的にも、先住民族への蔑称は変更されている。エスキモーはイヌイットになっている。 |
松陰 2008/02/07 08:39 |
4、蔑視というのは、蔑視された方の意識が重要だ。たとえば jap はjapanの略だ、蔑視ではないとする強弁もあっても、jap を蔑称と受け止める日本人が居る以上、やめてくれと言って来たんだ。bugさんが、「支那」は蔑称ではないと言い張っても、これは通用しない。 |
松陰 2008/02/07 08:40 |
5、いつも不利になると、bugさんは論点移動やすり替えをするが、今度も北朝鮮を持ち出してきた。北朝鮮は、地域名称の北朝鮮でいいんですよ。わたしはあの長たらしい名称を使ったことはない。もちろん政府は外交文書では長い正式呼称を使っているだろうけど。世界で一番長い国名は、イギリスと思うけど、それを「イギリス」と簡略化すると同じに、北朝鮮でいい。先方も反発してはいない。 |
松陰 2008/02/07 08:41 |
問題をすりかえているのは、松陰さんじゃぁなかろうか?歴史で議論するんなら、支那は正当だよ。日本人がjapを嫌がるのと、支那人が支那を嫌がるのは、別次元の理由だ。感情的にならないで、理性的に考えてもらえないかなぁ? |
罵愚 2008/02/07 14:48 |
松陰様。私は以前この罵愚氏と論争をしました。その際、こちらがわの問いには一切答えずに、自らの主張とある種の「言いがかり」としか言いようのない「議論」を延々と続けられたことがあります。私はこの方と議論するのはムダであると判断しました。また私と同様の判断をされている方が複数いることも知っております。貴重な時間を無駄にされないように。 |
【善】 2008/02/07 15:21 |
【善】さん、 |
罵愚 2008/02/08 17:07 |
アホなことを。罵愚クン、「論破」などという言葉は、キミにそのままお返しする。君は自らの無能をしっかりと悟り、さらに自らの悪文を自覚しなさい。そして、このブログから永遠に出て行きなさい。キミの書き込みは私のブログを汚すものでしかない。 |
【善】 2008/02/08 20:16 |
「支那は正当だよ」と云うんなら、論拠を示しなさいよ。一つ一つ反論してごらん。ちっとも理性的じゃないじゃないか。こういう時に「あなたは論破されたんだよ」と云うんじゃあないのかね(笑)。 |
松陰 2008/02/08 20:36 |
2月4日の投稿で語りつくしていて、追加するものはない。むしろ「中国ってどこのこと?」に答えられない、松陰さんの説明不足を感じるけどなぁ… |
罵愚 2008/02/10 17:40 |
「2月4日の投稿で語りつくしていて、追加するものはない」んだそうだ。よく言うよ。どうやら具体的に論拠を示したり、論理を展開するのは苦手なんだね。中国とは中華民国及び中華人民共和国のことだということは、中学校の教科書にも出ているよ。それ以上何の説明が要るんだい。わたしの説明不足を指弾するなら、どこが説明不足なのかもっと具体的に指摘しなさいよ。感じるだけじゃあ、話にならない。ただひたすら馬鹿の一つ覚えみたいに、説明不能のお題目を唱えているだけなら、狂信とか妄信・盲信とかいう外はないね。おっと失礼。bugの一つ覚えだったっけ。 |
松陰 2008/02/11 17:51 |
「中国」の呼称は、中国革命以前からありますよ。清だって、明だって、中国を自称している。「中国とは中華民国及び中華人民共和国のことだということは、中学校の教科書にも出ている」の?ホント??? |
罵愚 2008/02/12 03:08 |
また論点をずらしている。中国そのものの呼称は、古代からありますよ。そんなの常識じゃないか。(新唐書か旧唐書にあったのを読んだことがある)。bugさんが、「中国ってどこ?」というから、知らないのかと思って、親切に今はこの2国だと答えてやったんじゃないか。清も明も中国と自称していたいうのなら、中国ではなく、「支那」が正しいという根拠は何なんだ。ちっとも説明しないではないか。2月7日に5回に分けて説明したのに、何の反論もせず、質問もせず、論点をずらさないで、答えたらどうだい。わたしの説明で納得したのなら、そう云ったら? |
松陰 2008/02/12 20:22 |
なんだ「今はこの2国」なのか。11日の松陰さんの投稿の、どこを読んでも「今は」の時間的観念は読み取れない。「どこが説明不足なのかもっと具体的に指摘しなさいよ」なんて、よくいうよ。 |
罵愚 2008/02/13 03:35 |
そもそも「支那の近代」と限定したのは、bugさんじゃないのかい。そこでわたしは、辛亥革命以来の変遷を書いたんだ。それにbugさんが「中国ってどこ?」というから答えたんだよ。古代の話なのかい?こういうのを論点移動というんだよ。誤魔化しなさんな。不利になると土俵を広げるやつが時々いたなあ。 |
松陰 2008/02/13 05:35 |
罵愚クン、松陰さんの質問=「支那」が正しいという根拠は何なんだ」に答えなさい。以前、キミとこのような「論争」といえない「論争」をしたとき、キミへの質問にキミは答えないんだよね。かみあわない議論をするのは無駄だと感じて、私はキミとの議論はやめたんだ。今もする気は全くない。私と同じような感想をもって、私と同じようにキミとの議論を拒否しているブロガーが出ているよね。なぜなのかをしっかりと反省することだよ。 |
【善】 2008/02/13 20:33 |
なるほど、「近代」の時間限定は、わたしの責任ですか。わかりました。そして、チベットは現実問題として、支那の共産党政権下に統治されているのだから「中国の一部」だというご認識ですか。 |
罵愚 2008/02/15 17:19 |
罵愚クン、キミが最初に「支那の近代が・・・」と書いているのだよ。また、松陰氏の“「支那」が正しいという根拠は何なんだ”に答えるべきだよ。キミは、いつも相手からの質問には答えずに、次々と「?」を繰り出す。悪い癖だ。私も当初、キミへの質問に親切に答えていたが、この手法がキミの方法であることがわかって答えることはやめたのだが、キミはまだこの手法を繰り出しているのだね。なお悪文も直っていないね。たとえば「あなたの中国に攻め滅ぼされてすでに消滅した国家も中国と呼ぶのでしょうか?」の「あなた」はどこにかかるのか。次の「現実的には・・・・・?」ってどういう意味なのか。 |
【善】 2008/02/15 19:47 |
bugさん。また当方の質問に答えないで、問題を拡大したね。一般論だが、どの国の領土も「固有の領土」というのはないんじゃないかね。民族の移動もあるし、戦争もあるし、地形の変化(とくに河川の流路の変動)もある。それらにともなう国境紛争もある。現在の国家の領土と歴史的な概念のずれはどこにでもあるだろう。フォークランド諸島は現実にはイギリス領だが、歴史的には占領地・植民地だろう。イスラエルは人為的国家だが、あれは本来パレスチナではないか。クルドはあちこち分散しているが、国家を作ったほうがいいのかね。日本だって随分変化しているじゃないか。 |
松陰 2008/02/17 06:49 |
いや、あなたのお話を聞かないと、どう説明したらわかってもらえるものか思案していたのです。これで充分か、どうか、自信はないのですが、あなたの「中国」とわたしの「支那」は同義語だと思う。よく言われているように、支那は始皇帝の秦の王朝名がヨーロッパに伝わって国名のチャイナになった。音をふんで支那の当て字で表記した。 |
罵愚 2008/02/17 15:19 |
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罵愚 2008/02/17 15:20 |
1、やっと答えてくれたね。「支那」の語源が、「よく言われているように、支那は始皇帝の秦の王朝名がヨーロッパに伝わって国名のチャイナになった。音をふんで支那の当て字で表記した。」というのは、1970年頃までの説だ。何の根拠もなかった。チャイナは、chだろう。それがどうして「音をふんで」shに転化し、「支那の当て字」になるのか、明確ではなかった。最初の用例さえも示されなかった。bugさんは、いい加減な本を読んでいるようだね。 |
松陰 2008/02/19 19:37 |
2、しかし、支那は、一部の仏僧や学者が用いているだけで、一般には「唐(から)」「唐人」が多く使われていた。これは最初は、インドでは秦への畏敬をこめた美称だったそうで、これが日本で蔑称に顕著に変わるのは、アヘン戦争、とくにアロー号戦争の敗北からだろうと考えられている。ただし清国への蔑視と日本中心論、あるいは本地垂迹説の逆転は、近世初頭から始まっている。 |
松陰 2008/02/19 19:44 |
3、bugさんは、中国に尊大な中華意識を感じているが、日本もその模倣をしている。大和朝廷も周辺の集団を「まつろうもの」と「まつろわぬもの」に分け、さらに蝦夷、熊襲、隼人、土蜘蛛などの動物名で呼んだ。大和朝廷は小中華皇帝だった。これは学界の定説です。大和朝廷は、中国から天皇号を輸入し、さらに皇帝の時間支配の手段である元号を使用し始めた。bugさんが、中華意識の残滓を問題にするのであれば、早く中華文化圏から脱却するため、天皇制と元号の廃止を主張されたらいかがですか。中国ではすでに、共和制となり、元号をやめ、西暦を公元として採用しています。この点、日本は遅れています。 |
松陰 2008/02/19 19:55 |
4、だれも、他国の国名を決めることはできない。イギリスの長い名前も簡単にして欲しいと思うが、言うわけには行かない。中国は、古代以来の中華意識を払拭することを希望したいが、中国という国名を採用することにわれわれは文句は言えない。日本という名称も、中国の東方という意味であり、もともと「日辺に異面の人あり」と表現があったのを継承していよう。異面とは刺青のこと。邪馬台国にも文身としてでてくる。中国をやめてもらうなら日本もやめるかい? |
松陰 2008/02/19 20:06 |
だったら「支那」でもいいんじゃぁないの?軽蔑を加味した「支那」もあってもいいと思うけどなぁ? |
罵愚 2008/02/20 03:45 |
これだけ説明しても、bug さんは何にも分からないみたいだ。反論もできないみたいだ。それなら聞くが、「中国」ではどうしていけないのかね。「軽蔑を加味した」という以上、駄目なんだよ。なぜ軽蔑するんだ。江戸時代の学者たちみたいだ。日本人だって、もっとも古い呼称(秦よりは2世紀以上新しいが)である「倭奴」でもいいのかい。これはかって朝鮮での日本への蔑称だったんだけど。あるいは、「軽蔑を加味した」japで何が悪いといわれて、「はいはい」と聞くのかね。アメリカのイラク侵略を支持するアメリカかぶれの君なら言いそうだがね。基本は、どの国民にも国名を自称する権利があるということだ。他国人がとやかくいうことではない。 |
松陰 2008/02/20 05:06 |
古代の中華帝国の残滓の克服の一環として、天皇制と元号の廃止は欠かせないと思うのだが、bug さんのご意見を頂きたい。 |
松陰 2008/02/20 06:23 |
皇室存続と元号制は、本題とは別個の話題だから、このスレッドでは話しません。もしも、議論したいのなら、別の場所にしてください。あるいは、あなたがご希望なら、わたしのブログにあたらしいスレッドをたててもいいです。 |
罵愚 2008/02/22 04:39 |
1、bugさん。随分後退しましたね。結構結構。 |
松陰 2008/02/22 12:19 |
2、革命運動や、民族独立運動が、多民族国家を目指すのは結構だが、それには少数民族の自発的同意を必要とする。たとえば言語だ。多数民族の言語を新国家の公用語にしたら、いずれ軋轢が起る。インドは英語にしたが、火種はある。スリランカは随分事件があった。インドネシアは、多数民族のジャワ語を排し、人造語に近いインドネシア語にしたが、近年は分離運動が多い。パキスタンは、バングラデッシュを当初武力弾圧したが結局手放した。ユーゴは対独レジスタンスでは共闘したが、軋轢がひどくなりとうとう分解した。中国もそうだ。中国共産党は、単一共和国ではなく、せめて脱退自由の連邦制を目指すべきだった。ソ連は脱退自由を憲法では定めていたが、分離主義は完全に弾圧されていた。 |
松陰 2008/02/22 12:31 |
3、bugさんにぜひ意見を聞きたいのだが、日本もまた少数民族と地域問題を抱えている。1970年代だたっと思うけど、アイヌ民族の団体の北海道ウタリ協会が、北方領土についての第一次発言権を要求する声明を発した。北方領土は日本の固有の領土ではなく、先住民族の土地だという内容だったと思う。bugさんは、将来の北方共和国を認めますか。 |
松陰 2008/02/22 12:43 |
話題は支那の呼称であって、日本の少数民族問題ではない。むしろ、支那の領土問題だ。侵略主義と呼び変えてもいい。中国国内の少数民族問題は、それなりの別種の問題を抱えているが、チベットやカシミールは、中国国内の少数民族問題ではなくて、侵略と支配の話題ですよ。 |
罵愚 2008/02/22 17:41 |
この議論に加わるつもりはないが(罵愚クンとの議論は無駄であると思うので)、罵愚クンの議論を読んでいて、では罵愚クンが主張する「支那」の領域とは、どこをさすのか知りたくなった。教えて頂ければありがたい。もちろん拒否してもかまわない。 |
【善】 2008/02/22 19:43 |
1、珍論だね。戦前発行の地理の本や地図を見ると、西蔵は、ちゃんと支那の一部になっているよ。二つの支那の概念があって、支那本部は海岸地方、その他が西蔵、蒙疆、満洲などだ。支那または支那大陸という場合は全部を含んでいた。チベットは支那ではないというのは、bugさんの独創か、三流学者、小説家、漫画家の創作だろう。支那の語源すら知らなかったbug には、ブログで自説を開陳する資格があるのかねえ。なおカシミールは英領印度だ。 |
松陰 2008/02/23 08:21 |
2、前に述べたように、中国の民族運動では、アヘン戦争以前への復帰が目標とされていた。1950年代後半の人民解放軍のチベットへの侵攻には、台湾当局は反対しなかった。第2次大戦終了時で、ヤルタ会談で外モンゴルの独立を決めたが、国民政府の蒋介石は猛烈に抵抗した。かれもアヘン戦争以前を領土とする多民族国家を目指していたのだ。もっとも現在の台湾の諸政党がどう考えているかは知らない。 |
松陰 2008/02/23 08:34 |
国名と政権の呼称と現実的な支配領域をごっちゃにして、自分の政治的理念に都合のいいように解釈すると、あなたの主張が生まれてくるんだろう。地図の中国にモンゴルやチベットがふくまれていたのを根拠に、共産党政権による支配の正当性主張するのなら、朝鮮半島や台湾の日本領有も主張できるよ。 |
罵愚 2008/02/24 05:49 |
bugさん。 |
松陰 2008/02/24 07:50 |
bugさん |
松陰 2008/02/24 07:54 |
おやおや、また論旨の変更かい。あなたの最初のご質問の「支那ってどこの国?」は、わたしのつかっている「支那」であって、地図に記載されたそれではなかったはずだ。あなたの使っている「中国」と同義語なんだが、あなたはチベット侵略を肯定的にとらえているのに対して、わたしの「支那」はそれを否定して、むしろ除外した概念なんだよ。 |
罵愚 2008/02/24 15:42 |
bugさん。わたしはどこも論旨を変更していないよ。 |
松陰 2008/02/24 17:03 |
私は罵愚クンとの議論は無駄だから参加したくはありません。しかし、これだけは言っておきましょう。松陰さん、罵愚クンの「支那」は「わたしのつかっている「支那」であって、地図に記載されたそれではなかった」と書いているように、あくまで罵愚クンの主観的な「支那」なのですから、当初から共通の土俵はないのです。罵愚クンは、客観的な議論をしようとは思っていないのです。自らの主観的な考えを開陳したいだけなのです。松陰さんは罵愚クンの「論理」を敷衍していくつかの論点を示していますが、罵愚クンの「論理」は、当初から普遍性はないのです。通常、ある一定の論理に基づいて何らかの主張をしたり、他者の主張を是認したりする場合、その論理が他の事例へも「応用」される可能性を見据えておかなければなりません。コソボの独立をロシアやスペインが反対するように。しかし罵愚クンには、そういう発想はないのです。 |
【善】 2008/02/24 17:10 |
2、bugさんは、「チベットやカシミールは、中国国内の少数民族問題ではなくて、侵略と支配の話題ですよ。」といいましたね。一方アイヌと沖縄は「国内の少数民族問題」(2月22日)といいましたね。 |
松陰 2008/02/24 17:12 |
bugさんは、「中国は、中華思想の文明の中心を含意した表記だと思う。支那人の自己表現として用いられるとともに、柵封をうけたり朝貢外交をかさねる周辺の夷狄の事大主義を表意している。」(2月17日)といいましたね。(柵封は、冊封) |
松陰 2008/02/24 17:21 |
どうしてそんなに論点をはぐらかした議論をするんだろうねぇ、話題は、わたしの「支那」の用語の当・不当だった。言葉そのものは、わたしの造語ではない。松陰さんの由来の説明を、わたしはけっして納得しているわけではないが、昔から使われていた言葉だったことは、わかってもらえたようだ。最初に書いたように、この議論は10年か20年ほど昔、メディアがとりあげたことがあった。それを書き写したような松陰さんの議論には、つきあおうとは思わない。 |
罵愚 2008/02/26 06:28 |
わたしの説明はこれで終わりで、これで全部だ。少数民族問題や元号にリンクするところはどこにもない。しかし、議論の応酬を通じて、松陰さんの発言は変化してきて、それにつれて矛盾点も浮き彫りになってきたな。たとえば、チベットはむかしから地図上では支那に併合されていたというのなら、反対に満州も独立して記載されていたことがあるわけだ。満州国を独立国として描かれていた地図を根拠に日本の傀儡を正当化できるのかね? |
罵愚 2008/02/26 06:29 |
そして、話題はもとに戻るんだが…つまり、支那を侮蔑する理由のひとつなんだが、22日のふたつめの投稿文の終わりの部分で松陰さんは『民族のみならず、いかなる理由であれ、地域住民の自由意思による分離の自由を認めるべきだと思う』と書いている。これって、従来の松陰さんの文脈とは、ずいぶん食い違った政治的価値観だよねぇ。誤解しないで読んでくださいよ、チベットや台湾の分離独立運動を話題にしようというのではない。共産党政権下の支那人そのものが話題の中心です。人民の国家を目標の共産党政権の樹立を果たして60年もたつのに、自国民に参政権も与えられない一党独裁国家の膨張政策は、あなたの説明の『住民の自由意志』の結果でしょうかねえ?60年ものあいだ、国民選挙もやらずに居座っている共産党政権の正当性を、民主主義者としての松陰さんが、どう説明するのでしょうかねぇ?論点を、支那の独裁政権の不当から、松陰さんの矛盾に移しますか(笑)? |
罵愚 2008/02/26 06:29 |
1、仏典説を知っていたのかね。「支那」というのは、決して一般に「昔から使われていた言葉」じゃないんだよ。近世(江戸時代)以降、とくに明治維新以降に広がった用語だ。それを「昔から」と漠然と言ったら駄目だ。 |
松陰 2008/02/26 09:07 |
2、たとえば、ネット普及以前だが、 japは、個人的に使っているんだ、何が悪いという主張を、日本の政府機関、言論機関、経済文化団体、あるいは個人的な交流など、あらゆるチャンネルを使い、長い間かかって説得してきた。ようやく、japという発言は、収まったと思うが、しかし何か事件があると噴出してくるのは残念だ。まして、ネットは、出版物以上に瞬時に世界を駆け回る。しかもほとんど匿名だ。 |
松陰 2008/02/26 09:08 |
3、地図については、アホらしい議論だ。また「むかしから」だ。 |
松陰 2008/02/26 09:10 |
4、わたしは、中印紛争や中越紛争は、たとえ歴史的経緯があっても、中国側が譲歩すべきだと思うけど。 |
松陰 2008/02/26 09:11 |
5、中国の一党独裁は、民衆主義に反することは自明のことだ。解放直後は、抗日戦争の功績や、国民党の腐敗もあって、民衆の圧倒的な支持があったと思うけど、1956年の百家争鳴が反右派闘争に暗転してから、おかしくなったと思う。しかしそれを助長したのは、冷戦体制だと思う。アイゼンハワー政権の時期だ。 |
松陰 2008/02/26 09:13 |
6、わたしは、その国の政体を決めるのは、その国の人民自身だと思う。フセインが気に入らないからといって攻め込んではいけない。じっと待つしかないのだ。外交政策としては内政不干渉だ。たとえ民主主義国家ではなくても、経済関係や文化交流はしなければならない。そのことが、大きな効果を発揮するのだ。 |
松陰 2008/02/26 09:13 |
7、イランのモサデグ政権のとき、ペルシャ湾を英仏艦隊が封鎖した。石油が輸出できなくなった。そこを突破して日本の出光石油のタンカー日章丸が、非武装で石油を買いに行った。これは中東民衆の親日感情を確固としたものにしたが、折角の遺産を、小泉内閣が台無しにした。中東に自衛隊を派遣したら駄目なんだ。それを同じで、東北アジアでも、悪罵ではなく、経済交流と文化交流で行った方がいい。そのことが民衆レベルに浸透すれば、世の中は変わると思う。どう、bugさんも、アフガニスタンの中村さんや、イラクの高遠さんのように、中国にでかけていったら?それが一番早道だと思うよ。 |
松陰 2008/02/26 09:15 |
あなたの語源解説は、20年前にあった論争のコピペにすぎない。わたしは異論ありなんだが、論点に直接関係ないので、ここでは議論の対象にしない。100%、あなたの解説を鵜呑みにしても、アヘン戦争当時の昔から「支那」の言葉は実在したわけだ。日本語として定着していたといっていい。 |
罵愚 2008/02/27 04:38 |
「支那」は軽蔑がこめられているから、支那に変えて「中国」を使えと、あなたは世間に向かって強制する。しかしねえ、支那への軽蔑とまったくおなじように、その「中国」には、時代錯誤の事大主義が詰まっているんじゃぁないのかなぁ?中華思想の中華の意義が、中国という言葉には詰まっている。かつての中華文明の中心地という評価が、あなたたちの政治的価値観の中心地に入れ替わっただけのことでしょう。20年ほどまえまではモスクワ事大主義者だったあなたたちが、そのご本尊さまを北京に移し変えて、支那事大主義になっただけのことだ。支那の語源とおなじ情熱で、中国の語源も解説していただけますか? |
罵愚 2008/02/27 04:38 |
アレレ、消えちゃったの? |
罵愚 2008/03/03 13:45 |
罵愚クン、「消えちゃった」のではなく、キミが消したのだよ。「公用語としては不適だとしても、わたしのような、(中略)軽蔑してながめているものにとっては、便利な表現だ」などという、[主観的な]主張を繰り広げている人とは、議論が成り立たないのだよ。キミの「あなたの中国とわたしの支那はおなじ事物を好意的に評価するか否定的に評価するのかの、評価を含意した名称にすぎない。」も同じだ。松陰氏は、根拠に基づいて議論を展開しようとしているのに、キミはいつも「主観の世界」だ。もう議論はやめたほうがよい。非生産的だ、キミとの議論は。 |
【善】 2008/03/03 23:00 |
他出、多忙でしばらく見なかったが、bugさんは相変わらず非論理的なことを云っているんだね。ちゃんと学校教育を受けたのかね。 |
松陰 2008/03/05 04:40 |
2、bugさんは、歴史に弱いようだね。「昔から」をたしか3度使っている。雑駁だね。最後が「アヘン戦争当時の昔から」だ。「昔」ではないんだよ。生々しい記憶なんだ。やっと香港が返還されたばかりで、事後処理も完了していない。日本人にとっても、ペリー来航は「昔」ではないし、アイヌ人にとっては、1789年のクナシリメナシの虐殺は「昔」ではないんだ。近代の最初から問い直されているんだよ。西欧がエジプトやギリシアの文化財の返還を求められているようにね。 |
松陰 2008/03/05 04:50 |
3、理論や主張には、好意的とか否定的とかは関係ないんだ。そういう感情から立論するのは主観主義であり、観念論に過ぎない。 |
松陰 2008/03/05 05:00 |
4、中国はもはや社会主義ではない。まだ国有企業は残っているけれども、資本主義国でも、交通通信とか市民生活の基本部分を国有にしている国はたくさんあるから、もうあまり差がなくなっている。共産党の構成も経営者が中心となり、ある人は商工会議所の独裁というくらいだ。「共産」という名に目が眩んでは、本質を見失う。 |
松陰 2008/03/05 05:09 |
5、1950年代後半のアイゼンハワー政権のことを述べたが、まったく理解されなかったようだ。アメリカは中国革命に干渉し、台湾海峡に第七艦隊を派遣した。これはトルーマン政権の時だ。ところが朝鮮戦争が終了しフランスがベトナムから撤退してようやく平和がもたらされたのに、アメリカはジュネーブ協定を無視して南ベトナムを囲い込み(ゴ・ヂェンヂェム政権)、台湾海峡から艦隊を引き揚げず、沖縄基地を強化した。そして日米安保の「極東条項」だ。国際政治では「動あれば反動あり」だ。相手も身構えた。アメリカのこの時期の瀬戸際外交、ロールバック政策(ダレス外交)が、もっと穏便なものであれば、事態は全然違っていた。日本でも石橋内閣の挫折(原因は首相の病気)が、マイナス転換点だった。石橋内閣が続いていたら、かったく違った五十年の歴史が展開されていたと思う。このあたりは脊髄反射で発言せず、よく勉強してから反論してくださいよ。 |
松陰 2008/03/05 05:23 |
何回もくりかえしているとおり、本題は支那と中国のふたつの呼称だ。あなたは論点をそらして、言い逃れをくりかえしている。そのひとつひとつを論破したいのだが、それをすると、さらに議論を拡散させて、話題を霧散させてしまう、あなたの作戦がみえみえなので、ぐっと自重して、また本題に帰ろう。 |
罵愚 2008/03/05 06:07 |
もうやめた方がよろしいのでは。罵愚クンの主張は「とにかく中国を蔑称として、支那と呼ぶのだ」というものです。それしかないのです。いかに反論されようと、その結論を墨守したいのです。それに対し、松陰氏は正攻法で反論されますが(たとえば罵愚クンの「論理」を普遍性のまな板にのせると・・・・・となる、というように)、しかしそれは罵愚クンには通じないのです。もうこれは議論になりません。 |
【善】 2008/03/05 20:18 |
善さんのおっしゃる通り。bugさんは、どうも歴史的感覚も国際感覚もゼロで、自分の好悪の感情だけを露出しているだけのようです。倭の日本への改称は中国・中華の存在を前提とし、東夷からの地位を上昇させようとして自ら名乗った国名だ。まさに事大主義そのものの国名なんですよ。中国が駄目なら日本も止めたら、というのが、小生の最終意見。馬鹿馬鹿しい論争でした。時間の無駄でした。善さんごめんなさい。これからはbugさんの本拠に乗り込んでやりますよ。しかし、人生の時間は無駄にしたくないなあ。 |
松陰 2008/03/05 21:50 |
名称に論理とか、普遍性があるものでしょうか?歴史感覚として、蔑称としての支那を排斥するのなら、それが蔑称に変化した歴史的経過から目をそらす、あなたたちの議論のほうが問題だと思う。蔑称としての支那と尊称としての中国は、その歴史的感覚の表現にすぎない。このわたしの説明に論理的≠ノ反論できなかったのは、あなたたちだった。 |
罵愚 2008/03/06 05:18 |
この尊称としての中国が蔑称としての中国に変化する過程は、支那が蔑称に変化したのと相似形の歴史的経過だ。中国の近・現代が、支那という日本語に侮蔑の意味を加味していった。このようにして、日本語の支那の中に侮蔑が含意されていったのだ。歴史感覚や国際感覚をこめて説明すれば、そういうことですよ。 |
罵愚 2008/03/06 05:19 |
bugさん。まだ侮蔑にこだわっていますね。「支那」は止めようという外務省の通達以来の、またjapなどもやめてほしいという努力の歴史がある。国際関係では、レッテル貼り自身が摩擦の原因になる。第2次大戦以降の常識的な判断を無視しては駄目だし、まして戦前を肯定しては駄目だ。あなたのは身勝手な歴史逆行の感覚だ。かりに国際紛争が起っても、悪罵の投げ合いで紛争の激化をさせないように相互に努力するのが、大人の態度だ。 |
松陰 2008/03/06 06:07 |
bugさんの主張は、蛮夷の論理なんだ。かって中国から天皇号、元号を押戴き、今もって、大臣とか省とかの律令用語を使っている。元号なんて、中国周辺ではどこも使っていないんだよ。日本人は文字を発案できなかった。そこで漢字を借用しているが、古代中国の音をそおまま使っている。このようにわが内なる中華がたくさんあるんだ。罵愚なんて、漢音だし、読み方も中国風だ。おれは賢い、まわりはみんな愚かだなんて、思い上がりがそうだ。中華意識の残存を問題にするなら、bug さん自身の小中華意識(天皇が小中華だから、極小中華か)をまず捨てることだ。 |
松陰 2008/03/06 06:08 |
支那の呼称が「幼稚なレッテル貼り」だとしたら、支那を中国に訂正しようというあなたの主張も、おなじレベルの「訂正シール」にすぎないと、わたしは説明しているつもりなんだがなぁ〜、 |
罵愚 2008/03/06 16:06 |
わたしは、はじめから好悪の感情表現にすぎないとことわって、この議論をはじめていますよ。そこに「歴史的感覚や国際感覚」をもちこんだのは、あなたです。「支那」に軽蔑をこめた感情表現が、どうして組み込まれたのかの歴史的背景の説明については、あなたの反論が聞かれないということは、わたしの説明に納得してくれたと考えていいですか。すくなくとも、この部分は論破できたとして、再開はしない。よろしいですね。 |
罵愚 2008/03/06 16:07 |
ネットにおける個人的な発言までもが、それにしばられるはずはない。むしろ、出版や放送でも、わたしとおなじ意識で「支那」を使っているケースは、皆無ではありません。個人的な会話で使う「支那」までもを、中国に統一してしまおうなんていう、あなたのご意見はことば狩り≠フようなものです。 |
罵愚 2008/03/06 16:08 |
もうちょっとつづけます。松陰さんは「Japとか倭奴とかチョッパリという蔑称もあります」と、それらの言葉と「支那」を同列にあつかっている。たしかに侮蔑の意味では同列にあつかえるんだが、その来歴にはちがいがあると思う。つまり、Japや倭奴やチョッパリが、その誕生のときから侮蔑語として生まれたのに対して、支那は…松陰さんのご説明をマルマル信用したとしても、東アジアが近代に入るときには軽蔑の意味はまったくなかった。誕生の動機が軽蔑だったという意味ではJapや倭奴やチョッパリとおなじ言葉はちゃんころ≠セと思う。これは、さすがにわたしもつかう気にはなれない。 |
罵愚 2008/03/08 05:25 |
不毛なコメント論争ですね。罵愚さんは単に皮肉って「支那」を使っているだけだと思いますよ。「支那」の定義も「中国」の定義も同じだと思います。「支那」と言う言葉に過剰に敏感に反応している松陰さんと【善】さんは中国人でしょうか?むかし、「えた、ひにん」と言う言葉がありました。この言葉をどう捉えるかです。未だに同和問題は解決していません。対象として差別されている方はこの「えた、ひにん」に共通した何かを感じるでしょう。しかし、対象でない方は昔の言葉と思うでしょう。 |
一般人 2008/03/09 14:20 |
「単に皮肉って「支那」を使っているだけだ」というご意見に同意します。バグクンが「理由」を語るからです。松陰氏や私は、その「理由」を敷衍すると「・・・となる」というように考えます。一定の主張にはそれなりの「論理」(「理由」でも可)が必要であり。そうでないと普遍性を持ち得ません。私たちはそこを問題にしたのですが、通じなかったようです。だから、一般人さんが言うように「単に・・・」だったのです。なお、外交には「外交」という普遍性と、それぞれの国家との外交という「個別性」があります。「それぞれ別物」というわけにはいきません。 |
【善】 2008/03/13 20:31 |
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