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確かに現在の若者達は、生きにくいのだろう。私たち中年も、一応正社員でいるが、このあとに続く未来に確たる希望があるわけではない。こういう状況になると、自己防衛に走らざるをえない。ということは、私たちには、一定の蓄えもあるし、生きにくくなるかもしれないという状況(今も十分に生きにくくなっているが、我慢できない状態ではない)に対して準備をするゆとり(「溜め」)がある。 しかし若者にはそういうものがない。実際使い捨てにされている若者にとって、蓄えや準備は無縁のものでしかない。 いったいどうしたら若者達が、「生きづらさ」を克服できるのか。 私は、やはり、自らの「生きづらさ」をつくりだしている元凶に対して、怒り、闘うことのなかに、「生きづらさ」を克服する途があるのではないかと思う。雨宮さんは、まさにそこにいるような気がする。 雨宮さんは、運良く(?)そういう闘いの中で、自らのアイデンティティを確立することができたのだろうし、闘う仲間のなかで、1970年代は自らのアイデンティティを探し当てることができた。 では、そういう道筋をもたない若者はどうしたらよいのだろうか。指摘されているように、「人から認められることが、自分の存在価値を証明する一番の回路」(37頁)なのだ。だとするなら、人と人との関係の中に入っていくことが最低限必要なことだ。それなしに、自らの価値を自認することはできない。 私たちは、そういう人と人との連帯の場をあちらこちらにつくっていくことが必要なのではないかと思う。「もやい」のような場は、東京だけにあるという状態はなくさなければならない。 この本を読んで、現在の若者が置かれている状態が、一定程度分かった気がした。 たいへんだ、しかし途がないわけではない。 |
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