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だらだらと続けられた自民党総裁選。始まった時には、ほとんどのマスコミが自民党の広報機関と成り下がった。しかしそのような場で話されたことは、自らも加担してきた自民党政権による悪政を批判することなく、自分が総裁になれば・・・・というような、無責任な放言に明け暮れていた。安倍、福田と政権を放棄した者たちへの批判的姿勢もなく、だらだらと公約めいたものを叫び続けた。 この人達には、過去(記憶)というものがないということがよくわかった。彼らには「今」しかないのだ。「今」をひたすら生きること、とにかく権力に群がること、それだけが彼らの「生」なのだ。 なぜこういう総裁選が行われているのか、そういう問いはない。反省がまったくないのだ。そういう人たちが権力を握っている。 なぜこういう事態がまかり通っているのかと言えば、マスコミも彼らとまったく同じだからだ。 時間軸を持たない「今」がはびこり、格差社会、後期高齢者医療制度の問題、腐敗する年金制度、現在問題となっていることに対する認識がきわめて弱く、いや視野に入らず、権力をめざして「今」を漂うだけなのだ。 我々庶民は、「今」を理解するために、しっかりと過去の事実を記憶することが求められる。彼らのようにノー天気でいられない。 なぜ「今」、こういう深刻な事態になっているのか。社会の事象は、決して自然現象と同じではない。自然現象には、なすすべがない場合が多い。しかし社会現象はそうではない。 私たちの苦しみや生きにくさは、自然現象ではなく社会現象なのだ。社会現象は、必ず人為的な作為、あるいは無作為の結果である。それを過去にさかのぼって、しっかりと記憶しなければならない。 記憶は、私たちの貴重な宝である、 現在は、記憶を持たない「今」を漂う者たちと、記憶し考える私たちとの闘いの時なのである。 麻生が次の首相となった。彼が今まで、どのような発言をしてきたのか。マスコミは「失言」というが、すべてそれは彼の本音である。差別の肯定、弱者への攻撃、平和への侮蔑など・・・私たちは忘れない。 こういう人物が首相になるという自民党の断末魔に、手を貸してはならない。 |
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