|
イスラエルのガザ侵攻に対して、3日(土)、イスラエル国内でも大規模な 抗議デモがありました。 テルアビブのデモでは、イスラエル全土から駆けつけた人々、約1万人 (!)が参加。 イスラエルの人口は700万弱、日本でいえば18万人(!!)が参加した 勘定になります。 イスラエルの平和人権団体グシュ・シャローム(シオニスト左派)が主導し て、その他23団体の呼びかけで実施されました。 同日、パレスチナ系人口の多い北部のサクニーンでもパレスチナ系市民主体 のデモがあり、こちらは、10万人が参加しています。 http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-3649584,00.html しかし、日本のマスメディアでは黙殺されているのではないでしょうか? 紹介しているのは、オルターナティヴのメディア、個人ブログだけです。 「イスラエル国内でガザ侵攻に反対して10万人がデモ」(週刊「前進」) http://www.zenshin.org/blog/2009/01/10-2.html 「アキバ・オールの手紙」「Daysから視る日々」 http://daysjapanblog.seesaa.net/ 「イスラエル国内でもガザ侵攻に反対デモ」(フンニャロメ日記) http://funnyarome.blog82.fc2.com/blog-entry-328.html マスメディアも共犯して、あからさまな情報操作が行われていることを、如 実に表わす一例です。 以下、グシュ・シャロームのHPより、同デモの記事の翻訳、お送りしま す。(例におって、拙速、お許しください。) 追って、推敲したものを必要な注など付して、TUP-Bulletin速 報に掲載するつもりです。 ******* 転送・転載歓迎 ********** Saturday 03/01/09 MASSIVE DEMONSTRATION AGAINST THE WAR 2009年1月3日(土) テルアビブで大規模反戦デモ エフド・バラク〔国防大臣〕が軍隊にガザに対する残虐な地上攻撃を 命令していたその頃、テルアビブでは、イスラエル全土から駆けつけた、 戦争に反対する一万人あまりの人々が行進して、一大デモを行った。 テルアビブの主要道路のひとつであるイブン・グヴィロル通りの4車線は デモの人々で埋め尽くされた。参加者は、ラビン広場からシネマテックまで ずっと歌を歌い、旗を振りながら行進した。 「選挙戦は子どもたちの死体の上でするものじゃない!」参加者は ヘブライ語で韻を踏みながら叫んだ。「孤児や未亡人を選挙宣伝に 使うな!」「オルメルト、リヴニ、バラクーー戦争はゲームじゃない!」 「全閣僚が戦争犯罪者だ!」「バラク、バラク、心配するなーーハーグ 〔国際刑事裁判所〕で会おう!」「もうたくさんだーーハマースと話し合え!」 プラカードに書かれているのも、同様の文言だった。バラクの選挙スローガ ンをもじったものもあった:「バラクに愛想がないのは、殺人者ゆえ!」 (バラクのスローガンの原文は「バラクに愛想がないのは、指導者ゆえ!」 こんなのもある:「2009年、選挙のための戦争にNOを!」、「6-議 席-戦争!」 これは、戦争初日の世論調査で、バラク率いる労働党が6議席獲得の見込み と発表されたことを指している。 デモは警察との衝突のあとで始まった。警察は、右翼の暴徒がデモ隊を 攻撃するのを抑えることができないからと言って、デモを禁じるか、少なく とも制約しようとしたのだった。なかでも警察は、デモの組織人たちに、 参加者がパレスチナの旗を掲げるのを禁じるよう求めた。組織人たちは 高等裁判所に請願、裁判所は、パレスチナの旗を合法と判断し、警察に デモ隊を暴徒から守るよう命じた。 デモの実施は、グシュ・シャロームと、平和のための女性連合、壁に 反対するアナーキスト、ハダシュ、オルターナティヴ情報センター、ニュー ・プロファイルなど20団体が決定した。メレツとピースナウは公式には 参加していないが、多くのメンバーがデモに現れた。〔イスラエル〕北部 から約1000人のアラブ系市民が20台のバスを連ねて到着した。彼ら は、サクニーンで行われたアラブ系国民主体の一大デモを終えてその足で やって来たのだった。 組織人たち自身にとっても、これだけの規模の参加者があったことは 驚きだった。「第二次レバノン戦争開始の1週間後、私たちが反戦デモ の動員に成功したのは1000人だけだった。今日、1万人もの人々が 参加したという事実は、今回の戦争に対して、はるかに強い反対がある ということの証だ。もしバラクが自分の計画を続けるなら、世論は数日で 全面的に戦争反対に転じるかもしれない。」 グシュ・シャロームの巨大な旗にはヘブライ語とアラビア語と英語で 次のように書かれていた:「殺人を止めろ!封鎖を止めろ!占領を止め ろ!」参加者たちは、封鎖の解除と即時停戦のスローガンを訴えた。 この抗議行動の日、極右は力ずくでデモを粉砕するために動員をかけた。 警察は暴動の阻止に極力、努め、ラビン広場からシネマテックまでの1マイ ルの行進は比較的平穏に運んだ。しかし、参加者が警察との合意に基づき解 散し始めたとき、暴徒の一大群集が彼らを攻撃し始めたのだった。 警察は、それまで両陣営を近づけさせないようにしていたのだが、その場か ら姿を消した。暴徒たちはこのあと、デモ隊の最後尾の参加者たちを取り囲 み、嫌がらせをし、小突き回した挙句、最後のデモ参加者たちの何人かが シネマテックに逃げ込むと、これを包囲した。彼らは建物の内部に押し入ろ うとし、デモ参加者を「片付けてやる」と脅したが、最後の瞬間、何人かの 警官が到着し、入り口を守った。暴徒たちは長いこと、その場を立ち去らな かった。 このような状況で、行進の最後に予定されていた市民集会を開くことがで きなかった。スピーチもなされなかった。以下は、ウリ・アヴネリがグ シュ・シャロームを代表してするはずだったスピーチの翻訳である。 彼らは私たちのことを裏切り者だという。 彼らは私たちのことをイスラエルの破壊者だという。 彼らは私たちのことを犯罪者だという。 だが、私たちこそ彼らに言おう: 犯罪者とは、 この犯罪的かつ無益な戦争を始めた者たちだと。 無益な戦争、 なぜならカッサーム〔ロケット〕を止めることは可能だったから、 ガザの150万の住民たちに対する封鎖を政府がやめさえすれば。 犯罪的な戦争、 なぜなら、なによりもまず、これは公然にして恥知らずにも エフド・バラクとツィピ・リヴニの選挙戦の一部だから。 私は告発する、エフド・バラクを。 彼はイスラエル国防軍の兵士たちを利用したのだ、 国会の議席数をふやすために。 私は告発する、ツィピ・リヴニを。 彼女は双方が殺戮しあうことを支持したのだ、 自分が首相になるために。 私は告発する、エフド・オルメルトを。 彼は自分の腐敗と汚職を糊塗しようとしたのだ、 破滅的な戦争を利用して。 私は彼らに要求する この法廷から、 ここにいる勇気と分別に満ちた聴衆を代表して: 戦争をすぐにやめろ! 私たちの兵士たちや市民たちの血を無益に流させるな! ガザの住民たちの血を流させるな! 地上部隊の侵攻がもたらすのは さらなる悲惨 相互の殺戮 そして、さらにおぞましい戦争犯罪! この戦争が終わったら、 いかなる将軍も、逮捕されるという恐怖と無縁に、 ヨーロッパの土を踏むことはできない。 ほかに道はないのだと、 私たちは言われているが、 それは嘘だ!!! 停戦は可能なのだ、今ですら、 そう、まさにこの瞬間にも、 殺人的な封鎖を解除することに同意して、 ガザの人々が尊厳をもって生きることを認め、 ハマースと対話するならば。 聞いてほしい、南部の人々、 スデロット、アシュドッド、 ビールシェバの人々よ、 私たちにもあなたがたの苦しみは分かるー あなたがたとともに暮らしてはいないけれど、 私たちにはよく分かる。 だが、私たちは、 この戦争があなたがたの状況を変えはしないということもまた、 分かっている。 政治家たちはあなたがたを利用しているのだ、 政治家たちは、あなたがたおぶさって、戦争を指揮しているのだ、 あなたがたも分かっているはずだ! 私は要求する、オルメルト、バラク、リヴニに: 兵士たちをガザに送るな! お前たち3人みな、戦争犯罪人として告発されるだろう! お前たち3人みな、この代価を支払うだろう! 今、お前たちに敬礼しているイスラエルの大衆は 明日、お前たちを罰するだろう。 第二次レバノン戦争で起こったことが、 今度もまた起こるのだ。 そしてここに立っているみなさん、 女たちも男たちも、 若者も老人も、 ユダヤ人もアラブ人も、 この身の毛のよだず戦争に 最初の日から、 最初の瞬間から、 孤立し毒づかれながら、 抗議していたあなたたちこそが、本当の英雄だ! 誇りに思ってください、 心から誇りに。 あなたがたは、ヒステリーと無知の嵐の只中に 立っているのだから、 その風に吹き飛ばされることなく! 家のなかだけでなく、ここ、街頭においても、 正気を失うことなく! 世界じゅうの何百万という人々があなたがたに敬意を表しています。 あなたがた一人ひとりに。 一人の人間として、一人のイスラエル人として、一人の平和を求める者として、 私は今日、ここにいることを誇りに思います。 原文はこちら; http://zope.gush-shalom.org/home/en/events/1231029668 |
| << 前記事(2009/01/07) | トップへ | 後記事(2009/01/08)>> |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2009/01/07) | トップへ | 後記事(2009/01/08)>> |