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zoom RSS 名張毒ぶどう酒事件の再審について

<<   作成日時 : 2012/05/26 11:25   >>

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 名古屋高裁での下山保夫裁判長の判断、「再審を認めず」は驚くべき内容だ。弁護団も検察側も主張していないことを理由にして、再審請求を却下したのだ。

 こういう「不意討ち」は、裁判にはあってはならないのだ。

 この事件について、今日の『中日新聞』の社説。
 
 
名張毒ぶどう酒事件再審認めず “疑わしきは罰する”なのか 2012年5月26日

 名張毒ぶどう酒事件の再審を認めなかった決定には、深い疑問が残る。証拠を並べてなお分からないのなら、推定無罪の原則に従うべきではないか。

 奥西勝死刑囚を最初に裁いたのは津地裁だった。

 裁判員になって法廷にのぞんだつもりで証拠を見てみると、こんなふうになる。

裁判員の目で見れば


 ▽ぶどう酒の王冠に付いた歯形は、鑑定では誰のものかはっきり分からない。

 ▽その王冠自体、事件当時のものとは違うらしい。

 ▽農薬を混入する機会は、奥西死刑囚以外の人にもあった。

 ▽「自白」はある。動機は妻と愛人の三角関係を清算するためという(その後、全面否認)。

 ▽自白にあった、農薬を入れてきた竹筒は見つかっていない。

 証拠をこうしてずらりと並べてみると、裁判員はその中身の乏しさ、あいまいさに、もちろん気づくだろう。

 いくら、捜査段階の詳細な「自白」があろうとも、有罪にはできまい。

 合理性をもって、彼以外に真犯人はありえないとは言えない。ましてや、死刑事件でもある。一審の津地裁は、当然ながら無罪判決を下した。

 捜査が甘かったのである。当時は、まだ自白が「証拠の女王」などと呼ばれていた。自白は極めて重視されていた。

 だが、二審の名古屋高裁は一転、有罪とした。王冠について新たな鑑定をしたが決定的な知見はなく、一審とほぼ同じ証拠を見て、有罪とした。

 迷走の始まりである。

 死刑囚は判決の前の日、前祝いの赤飯を食べた。家庭で最後に口にした母親の手料理となった。

 死刑囚はひとりぼっちで再審の請求を繰り返した。途中からは弁護団もでき、七度目に名古屋高裁は再審の開始を認めた。

 毒物について、自供したニッカリンTではなかった疑いがあるとした。何と、凶器が違っていたかもしれない、ということだ。

 裁判を見直す大きなチャンスだった。しかし、扉はまた閉じられた。同じ高裁の別の部が、同じ証拠を見て検察の異議を認めた。

冤罪生む自白の偏重


 事件から四十六年もたって、裁判は最高裁にもちこまれた。だが自ら判断せず、農薬について「科学的な検討をしたとはいえない」と言って、高裁にさし戻した。

 そして、再審を開始しないという昨日の決定となる。「毒物はニッカリンTでなかったとまでは言えない」とし、検察の主張を支持した。

 死刑判決以降の裁判を振り返ると、検察側の物証を弁護側が何度崩そうとしても、裁判所は結局、有罪としてきた。頼りにしたのは、いつも「自白」である。

 だが、自白の偏重が数々の冤罪(えんざい)を生んできたのは、苦い歴史の教えるところだ。

 刑事裁判では、検察が有罪を証明できないかぎり、無罪となる。裁く立場からみれば、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則である。

 昨日の高裁の決定は、弁護側が出した証拠では検察の主張を崩せないという論法である。検察が主張していないことまで裁判官が推論し、有罪とする根拠を補強している。

 これでは、まるで「疑わしきは罰する」になってはいないか。

 最高裁は再審でも「疑わしきは被告人の利益に」の原則があてはまると言っている(白鳥決定)。それなのに、反対の考え方で再審の扉を閉ざしたように映る。

 裁判員裁判の時代である。取り調べの可視化や、全面的な証拠の開示の必要性が叫ばれている。それは、これまでの誤った裁判の反省から出ているものである。

 今回の決定は、そうした時代の要請に逆行している。毒ぶどう酒事件から半世紀余。「自白」の偏重は一体いつまで続くのか。今の基準で考え直せないか。

 弁護団は特別抗告する。最高裁は今度こそ自判すべきである。

 死刑囚は八十六歳。冤罪が強く疑われた帝銀事件の平沢貞通画伯のように、獄中死させることがあってはならない。

司法も裁かれている


 私たちメディアも反省すべきことがある。自白偏重の捜査取材に寄りかかった当時の犯罪報道だ。犯人視しない報道への努力は、不断に続けているが、奥西死刑囚を犯人視して報じたという事実は消せない。

 奥西死刑囚の獄中生活は、確定囚で二番目に長い。もしも死刑判決が冤罪であったのなら、それは国家の犯罪というほかはない。奥西死刑囚だけでなく、司法もまた裁かれていると考える。

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