橋本内閣から始まる国民生活の困難化

 最近経済誌が、労働問題を扱うようになっている。私もそれらのほとんどに目を通している。共通している内容は、労働者の生活の困難化というか窮乏化である。

 以前紹介したことがあるが、2003年版の「国民生活白書」などに記載されている統計をみると、困難化の本格化は橋本内閣の「構造改革元年」とされた1996年がそのスタートであることである。
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h15/honbun/index.html

 『現代の理論』2005年夏号の山家悠紀夫氏の「「改革=生活破壊」の10年」という論文は、その画期をきちんとおさえている。また、『現代思想』2005年12月号の特集は「1990年代論」であるが、同書に掲載されている渡辺治「「構造改革」政治時代の幕開け」、毛利嘉孝「対抗的九〇年代」には、その点についてきちんとした主張がなされている。

 1990年代後半というのは、私はある意味で「戦後史」の画期、「戦後」が強制的に終わらせられようとしている時期であったと書かれるだろう、と思う。
 国民意識を含めて、1990年代後半の日本社会の変質を解き明かさないと、今後の展望はないような気がする。

 経済誌が労働問題に言及しても、その解決=改善の方向が示されない。やはり資本のグローバルな展開がその背景にあるからであるが、それに伴う「改革」については、マスコミの多くは総論賛成であるから、根本的な解決はありえない。

 今後の社会を展望するとき、明るいものが見いだせない。