阪神大震災と小田実

 神戸新聞が“「市民」として 震災13年 小田実が遺したもの”という連載をしている。下記のHPで読むことができる。

http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/chiiki/200801hanshin/

 小田も被災者の一人であった。被災者として、小田が思ったことは至極当然の疑問だった。被災者が生活基盤を失って苦しんでいるのに、なんで公的な援助金が支給されないのだろうか、というものであった。

 「先進国」といわれているところは、おしなべて公的援助金を支給する。あのアメリカも、小田によれば、1994年の地震に際して、地震後一週間で総額22200ドルが、ホームレスも含めて支給されたという。被災者には300~400万円のお金だそうだ。

 しかし日本にはこのような公的資金の支給がなかった。善意の人が拠出した義捐金の支給はあったが、政府や自治体からの支援金はなかった。

 小田は、これはおかしいと思った。そこで「生活再建援助法」の「市民立法」運動をおこした。運動はなかなか成果をあげなかったが、ついに1998年に「被災者生活再建支援法」として結実した。

 小田は、様々な本で、たとえば『随論 日本人の精神』(筑摩書房)などで、このときの経験を記している。

 当時の日本社会党出身の村山首相も公的な支援はできないと言明していたのだが、その壁を破って成立させたのだ。

 小田の発想はきわめてまっとうであり、自然にそういう疑問が湧き、その疑問の解決に自ら取り組んでいくというすごさを、私たちは学ぶべきだ。


 さらに神戸の復興の経緯もしっかりと振り返ることが必要であろう。果たして被災者の人生を考えた施策であったのか、それとも住民の意思をふみにじって都市開発計画実現の手段として地震を悪用しなかったのかどうかなど、考えるべきことは多い。