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zoom RSS 小田実の人間的怒り

<<   作成日時 : 2008/02/17 17:12   >>

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 小田実が亡くなり、自ら発信することはなくなった。しかし、小田の思想はきわめて原理的であり、また等身大の思想であるが故に、決して消えはしないし、何度もその思想は振り返られるに違いない。

 今、59兆円の道路財源の問題が論じられている。医療や福祉・教育という人間生活に不可欠の分野に対する政府の支出が次々と削減されているのに、道路だけは確保しようという日本政府・自民党・公明党の見逃しがたい悪政に、多くの国民の怒りが起こっている。

 しかしこれは今に始まったことではない。阪神淡路大震災が起きた時、いやその前から、日本政府は被災者には、ほとんど経済的な救済をしてこなかった。小田も、その震災の被災者であった。小田たちは、政府はカネを出すべきだと迫った。

 アメリカは、「ノースリッジの大地震にさいして、大災害によって市民生活が危機におちいること自体を国家の危機として受けとめ、最高2万2千2百ドルにのぼる公的援助を連邦、州両政府の責任において行った。」(127頁、『これは「人間の国」か』筑摩書房)被災者に援助金を配ったのである。

 「政治は「天災」に対しては責任はないが、「天災」がひき起こした「被災」に対しては責任をもつ。もたなければ、それはすぐ「人災」に化する。その「人災」を防ぐためにこそ、市民は税金を払い、国をかたちづくって来たのだ」(53〜54頁)

 しかし、政府はなかなか出そうとしない。小田は、「この危険きわまりない建造物について、政府は3兆円か4兆円しかかからぬ、安上がりだと言い、「阪神・淡路大震災」の被災者を救う「公的援助」については1兆1千億円かかる、そんな金があるのか、とうそぶく。これはいったいいかなる国家か」(90頁)と記す。
 この「建造物」とは、沖縄辺野古の「海上ヘリポート」計画(当時の計画!)のことだが、この問題が起きた頃住専への公的資金投入の話がでていた。そこには投入した。しかし、被災者には援助しなかった。

 政府は、米軍基地、道路、金融機関などの大会社などには公的な資金(といっても私たちが拠出している税金だ!)をどんどん投入する。しかし、国民の切実な生活保持のためには、ほとんど支出しない。

 日本国民は、そういう国家=政府をもっているのだ。そういう政府に、小田は人間的怒りをもって立ち向かっていった。その姿勢に、私は学びたいと思っている。


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