失望の「特報」欄

 「中日新聞」には、「特報」欄がある。時によい記事があり、ジャーナリズムが生き残っておるな、などと思っていた。しかし今日の「特報」、「問われるメディア力」には失望した。

 私はもう十年以上前になるが、ペンネームで『マスコミ市民』や『創』などに、新聞についていろいろ書いていた。しかし、新聞について評論することにむなしさを覚え、それから新聞についていろいろ考えることをやめた。今までとっていた『新聞研究』などもその頃やめた。もう新聞について書くことはやめようと思った。

 しかし今、私は新聞について書いている。今は書かざるを得ないので書いている。なぜか。怒っているからだ。いや絶望しているからだ。

 若い人に、新聞は読みなさいよ、などと話していたのだが、最近はそんなこととても言えない。私個人が新聞の購読をやめようと思っているからだ。

 果たして、現在のような絶望的な状況は、改善されうるか。否!!

 「特報」では、もと検察担当記者の「中日」(東京)の記者たちから聞いたことを紙面に載せている。その結論は、「独自取材を並行し記事に、“だだ漏れ”考えられぬ」である。

 なるほど、時々独自の取材をしていると思われる記事もある。たとえば、26日の夕刊の記事、「陸山会事件 「紙袋手渡し2度同席」である。水谷建設が小沢氏側に資金提供をしたとき2度同席したことがある」という内容だ。同席したのは、兵庫県内の建設会社社長。記者はどこから聞いたのか。「関係者への取材で分かった」のだそうだ。水谷建設の元経営トップが1億2千万円を小沢氏側に渡した」ことについても、「関係者によると」「供述しているとされる」。すべて「関係者」からの情報だ。しかし1億2千万円については、なぜか何度も報道される。

 さて、同社長は、「特捜部の調べに「・・・・手渡すのを見た」と供述」とある。これは明確に特捜部からの情報であることを示す。

 特捜部や「関係者」からの情報、これが一つ。しかしこれはウラをとるべきではないか。「特捜部」ならびに「関係者」(これが検察関係者であることは否定しようがない)からの一方的な情報だけでは、紙面に載せるのは危険だ。

 そこで記者は、建設会社社長に取材したそうだ。これは当然のことであるし、評価できる。だが、記事にはこうある。

 
社長は本紙の取材に「詳細なことは答えられない」と話している。


 なるほど「独自取材」をしたようだ。だが、この取材では意味がないのではないか。結局検察関係者からの情報を垂れ流しているだけではないか。記事は、9割以上、検察関係からの情報なのだ。

 「特報」ですらこうだから、新聞社に自浄作用はないようだ。

http://diamond.jp/series/uesugi/10111/


  

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