ことばに情熱を。

 核兵器という最強の暴力に抗して、私たちは核兵器の廃絶をめざさなければならない。その暴力に抗するための最強のものは、“ことば”だろう。
 “ことば”がもつ力、そこには表される内容と、もうひとつ、その“ことば”を理解してほしい、考えてほしいという“熱”がなければならない。“ことば”をただ書き連ねるだけでは、その“ことば”は力をもたない。表そうとする者の“熱”があってはじめて、“ことば”は力をもち、その内容が伝わるのである。

 ここに二つの文を並べる。社説である。社説は、新聞社のもっとも重要な“ことば”だ。どちらの“ことば”が、力を持つか、比べてみてほしい。これが現在の新聞社のレベルを表す。“ことば”が持つ訴える力は、その“ことば”を発する者の真剣度を示す。

 少しつけ加えておけば、“熱”を持つためには、当然のことだが、理想を持っていなければならない。

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 まず「朝日新聞」の「原爆投下65年―連帯し核廃絶のゴールへ 新しい風が吹いてきた。」という社説である。

 
今日、広島市である平和記念式にルース駐日米大使が出席する。

 原子爆弾を投下した当事国の大使の出席は初めてだ。核保有国の英、仏臨時代理大使も初めて顔をそろえる。

 来日中の国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長も、昨日長崎を訪れた後、広島の式典に歴代事務総長として初めて出席する。

 広島市は12年前から核保有国に式典への招待状を送りつづけてきた。やっと小さな実を結んだ。

■オバマ氏の広島訪問を

 昨年4月、オバマ米大統領がプラハで「核兵器のない世界」に向けて行動すると表明した。核軍縮・核不拡散の機運はこれまでになく高まっている。

 これを核兵器廃絶の動きへと結びつけなければならない。

 広島にはオバマ大統領に手紙を送りつづけている被爆者がいる。

 元広島平和記念資料館長の高橋昭博さんは昨年1月、就任まもない大統領への手紙につづった。「ぜひ広島にお越しください。新たな時代の始まりとなります」。ブッシュ前政権では核軍縮の歩みが途絶えた。その方針転換を期待してのことだった。

 プラハ演説のあと、オバマ氏は主要国首脳会議(G8)の核声明、米核戦略の見直し、米ロ核軍縮条約の署名、初の核保安サミットの開催と、次々に手を打った。動きを知るたびに高橋さんは手紙を書いた。すでに計4通。

 「被爆者が願っているのは核軍縮ではありません。核兵器絶対否定であり、核兵器廃絶です」

 65年前のこの日、旧制中学の2年だった高橋さんは爆心地から1.4キロの校庭で被爆した。後頭部や背中、両手、両足など全身の3分の1以上に大やけどを負った。ガラス片が指先に突き刺さり、変形して生えつづけた「黒いつめ」は資料館に展示されている。

 オバマ氏の広島訪問を望むのは、「核兵器を使用したあとに何が起きたのか。自分の目で見てほしい。そうすれば、核廃絶に向けてさらに一歩進む」と信じるからだ。

 平均年齢76歳、全国に約22万人いる被爆者に共通した思いだろう。

 多くの命が一瞬に消えた地にオバマ氏が立てば、「核なき世界」に向けてこの上なく強いメッセージとなる。

■理想と現実の接点

 もっとも、オバマ氏が核兵器のない世界を唱えるのは被爆者と同じ動機からではないだろう。

 9・11同時テロのあと、核テロへの恐れが高まった。テロリストに核が渡る危険性が、安全保障上の大きな課題となってきた。「核がテロリストに渡れば核抑止論が働かない。核を廃絶した方が安全だ」というわけだ。「核兵器は絶対悪」という被爆者の人道上からの叫びとは、大きく隔たっている。

 「それでもゴールが同じなら連帯していい」。被爆者で元長崎大学長の土山秀夫さんは、そう断言する。

 そのために「感性と論理の訴えが必要だ」と説く。被爆者の証言は核廃絶の必要性を人々の感性に呼び覚ます。それだけでは十分でない。冷厳な国際政治の場で核廃絶の必要性を論理的に説得できなければならない。

 核廃絶という被爆国の理想論と、核抑止という保有国の現実論が交わることはこれまでなかった。日本が米国の「核の傘」の下にある現実もある。核戦略という極めて政治的な問題に、被爆者をはじめとした市民社会の意思が反映されることはなかった。限りない平行線とも見えた理想論と現実論に小さいながらも接点が生まれつつある。

 ルース大使の式典出席はそれを象徴する。ただ、米国務省は「第2次大戦のすべての犠牲者への敬意を表明するため」と説明する。いまも原爆投下を正当化する考えが根強い米国の世論に配慮せざるをえないのだ。

■核兵器禁止条約の準備

 これをひと夏の交錯で終わらせてはならない。

 そのためには核兵器廃絶のプロセスを練り上げ、現実の政策へとつなぐ。そして、ねばり強い外交交渉で核保有国への包囲網をつくっていくことだ。

 たとえば、5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議の最終文書は「核兵器禁止条約」構想に初めて言及した。化学兵器と生物兵器には禁止条約があり、廃絶に向けて進んでいる。核兵器でも、というアイデアだ。

 カナダの元軍縮大使で、国際NGO「中堅国家構想」名誉議長のダグラス・ロウチさんはこの言及を「国際的な議論の俎上(そじょう)に上がった」と評価し、「国際交渉の準備を」と呼びかける。

 モデルとなる条約案は1997年、核戦争防止国際医師会議などのNGOが発表している。米など核保有国は消極的な態度をとってきた。ところが、核をめぐる状況が劇的に変わったいま、核廃絶の実現に欠かせないこの条約への関心が高まっている。交渉の準備に必要な条件を整えていきたい。

 対人地雷やクラスター爆弾の禁止条約が成立したのは、いくつかの国の国会議員がNGOと連帯して政府に働きかけたことが大きかった。核兵器でもこの経験を生かしたい。

 核被害の実態を原点に、政府だけでなく専門家や自治体、NGO、さらには市民によるネットワークを築く。同じ志を持つ国と連帯する。

 唯一の被爆国である日本は、その先頭に立たなければならない。

http://www.asahi.com/paper/editorial20100806.html?ref=any

 そして「中日新聞」の社説、「原爆忌に考える 太い声で語りんさい」である。


 いつもと同じ暑い夏、いつもと違った顔ぶれが、初めてここに並びます。ヒロシマの祈り、太い声で伝えますけん、みなさん、よう聞いてくれんさい。

 チラシの言葉が、目について離れません。

 「大事なことはただ一つ。必ず太い声で読まんさいよ」。原爆投下直後の広島を舞台にした「少年口伝隊(くでんたい)一九四五」のチラシです。

 ことし四月に亡くなった井上ひさしさんが二年前、東京・新国立劇場の若い研修生のために書き下ろした約一時間の朗読劇。先月初め市民有志の手によって、広島で初めて上演されました。

 ◆朗読者が頼りなの
 一九四五年のあの日、爆心地に近い中国新聞社では、百十三人の社員と社屋、そして輪転機を失います。しかし、「新聞社が新聞をよう出させんいうんは、いかにも不細工な話ですけえ」と、若い女性社員一人、国民学校六年の少年三人で「口伝隊」を組織します。

 少年たちはメガホンを片手に廃虚を駆け回り、市役所や軍管区からの情報を読み上げます。

 実在のモデルがありました。社史「中国新聞八十年史」には、四人の名前が残っています。時節柄、大本営発表を伝える役目もありました。だが、そこは井上作品です。それだけには終わらせません。被爆の惨状は詳細を極め、少年たちの心理描写はこまやかです。チラシの言葉は、女性社員が少年たちに教えた口伝隊の心得でした。

 広島初演のプロデューサーを務めた富永芳美さん(60)は、鳥取県生まれ。嫁ぎ先の広島で約三十年暮らしています。五年前、一人娘に勧められ、広島原爆死没者追悼平和祈念館の朗読ボランティアに応募したのが、被爆者との交流を深めるきっかけでした。

 そんな富永さんでさえ、長年気おくれを感じてきたそうです。「広島生まれでも、被爆二世でもないあなたが、どうして体験記の朗読なんか」と、被爆者に言われたこともありました。

 迷いを解いてくれたのも、尊敬する女性被爆者のひと言でした。

 「わたしたちはいつかいなくなる。あとは朗読者が頼りなの」

 「第三者として、被爆者と若い世代を結ぶ中継点になりましょう」。富永さんは、その時心に決めました。

 さらに背中を押したのが、昨年夏の井上さんの講演でした。

 「広島で口伝隊をやってほしい」という呼び掛けに、「あたし、やる」と手を挙げました。あとさきのことは考えず。

 ◆それを語るすべもなく
 広島で原爆ものは当たらない。そんなジンクスを乗り越えて、四回の公演はすべて満席、猛げいこのかいあって、地元のスタッフ、素人役者をかき集めて作った芝居は成功でした。

 富永さんは、大きな声で言葉を伝えた少年たちに自身の姿を重ねつつ、終幕近い地読みのせりふをかみしめました。

 「亡くなった人たちはたくさんのことを知っています。でも、それを語るすべもなく、ゆっくりと揺れています」

 原爆がすべてを灰にした直後、「このときから、漢字の広島は、カタカナのヒロシマになった」と、地読みは語ります。

 そのヒロシマは、過渡期を迎えているようです。六十五回目の盛夏、被爆者は年老いて、記憶の風化が進んでいます。

 オバマ米大統領が昨年四月のプラハ演説で「核兵器を使用した唯一の核保有国として、合衆国には行動する道義的責任があります」と原爆投下の責任を受け入れました。きょうの平和記念式典には、国連の潘基文事務総長、米国のルース駐日大使のみならず、核兵器を保有する英・仏の代表も、初めて顔をそろえます。

 しかし一方で、パキスタン、インド、北朝鮮へと核は拡散し、平和利用の名のもとの原子力ビジネスも拡散の危険と常に裏腹です。いつにも増して、正しく、強い言葉の力、伝える力が必要です。

 大統領の言葉を引き出したのも、新しい平和の言葉と行動を引き出すことができるのも、ヒロシマの死者と生者が語り続ける膨大な言葉の堆積(たいせき)があるからです。

 ◆われら少年口伝隊
 「必ず太い声で…」と、もう一つ、井上さんは口伝隊の面々に、こんな戒めも遺(のこ)しています。少年たちの相談役として登場する“哲学じいたん”の言葉です。

 「声の大きか方へ、太か号令の方へ、よう考えもせずになびいてしまうくせが、人間にはあっとってじゃ。太か号令は、そのときは耳にうつくしゅう聞こえるけえね。このような現実をつくってしもうたんは、そのくせのせいかもわからん」

 少年口伝隊は、わたしたち自身です。

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