今日の新聞(「中日新聞」)から

 「中日新聞」の読書欄に、「テーマを読み解く」というコーナーがある。今日は「日韓関係」として李鐘元立教大学教授が書いている。その冒頭を引用させていただく。  「帝国」とは、人々の移動をも意味する。日本の支配が拡大するにつれ、多くの人が国境を越えて、「大東亜共栄圏」に散らばっていった。日本人と朝鮮人をともに巻き込んだ奔流は、帝国の支配と戦争という構造の中で渦巻きとなり、「加害」と「被害」が錯綜する歴史の残骸を残した。  そして高崎宗司氏の『植民地朝鮮の日本人』(岩波新書)、『朝鮮の土となった日本人ー浅川巧の生涯』(草風館)、内海愛子氏の『』キムはなぜ裁かれたかー朝鮮人BC級戦犯の軌跡』(朝日新聞出版)を紹介している。  この三冊は、日本人必読の本である。ぜひ読むことを薦めたい。  ところで、引用した箇所は、私が常々主張していることである。  自治体が編纂している自治体史、これはいわば自治体の「正史」でもある。日本近代からの歴史は、「帝国」の観点から叙述しなければならないのであるが、自治体史には「帝国」がない。戦争はあっても、動員されたり、空襲があったりする「被害」の観点からの記述がほとんどである。それを書くなというのではない、そうではなくたとえば兵士として動員された住民が、「帝国」の担い手としてどうであったのか、あるいは地域の土木事業に従事していた労働者に植民地からのひとびとはいなかったのか、なども、当然書くべきではないか。  自治体史に「帝国」が欠如…

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【本】スティーヴン・ハウ『帝国』(岩波書店)

 今「帝国」は考察の対象にならなければならない。それは、まず一つには現在のアメリカ合衆国をどう捉えるかという問題であり、もう一つは日本という国家を歴史的に、同時に空間的に(一国史ではなく、少なくともアジアの中で)捉えるためである。  最近刊行されつつある岩波講座の『アジア・太平洋戦争』(全八巻)も、日本のアジア太平洋戦争を、帝国の視点から、当該戦時期に拘泥せず近現代の歴史からとらえること、同時にアジアを中心とした国際的な視点からとらえること、それらを試みようとしている。これらの視点は、私が地域の近現代史において意識的に追究し、また書いてきたことでもある。問題意識として、同様のものがでてきるのだなあという感慨を覚える。  先に指摘したように、私は今、地域から「大日本帝国」を浮かび上がらせるという作業を行っている。そのために、現代の「帝国」、過去の「帝国」について俯瞰しておかなければならないと考え、本書を読んだのである。なお読むのは、二度目である。  近現代の「帝国」については、現在の問題でもある。「帝国」として植民地を領有した国々は、相対的に豊かであり、逆に植民地とされていた国は、例外はあるが、多くは貧困となっている。この現状を科学的にとらえるためには、近代・現代の「帝国」のあり方を見ておかなければならない。  そのための手段として本書を繙いているのであるが、「帝国」を考える上で参考になる内容となっている。  「帝国とは、もともとの国境線の外部になった領土を支配する巨大な政…

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