新聞が政治を動かす、という野望

 「読売新聞」が、政治の表舞台に出て、積極的に世論形成をはかるために、きわめてイデオロギッシュな紙面作りをし始めたのは、ナベツネが読売の幹部になってからだではなかったか。  いまなお「産経」は、購読部数が少ない中で、右翼の立場で論陣を張っている。  こういう姿勢に、今「朝日新聞」が「読売」的な新聞になろうとしている。今回の民主党代表選挙の当日の社説がそれを物語る。「朝日」が、政治を動かそうとしているようなのだ。  9月14日付けの社説について、五十嵐氏が論じている。  http://igajin.blog.so-net.ne.jp/  ところで、今日 『DAYS JAPAN』10月号が届いた。そのなかの斉藤美奈子氏の「なんでこんなに差が出るの?!電話世論とネット世論」という文章に紹介されていたこと。  「報道オンブズマン日本」によるアンケート。  「新聞は公正で正確な報道記事を掲載していると思いますか」「テレビでは公正で正確な報道が行われていると思いますか」という問いに対する回答は、いずれも「思わない」が98%。  マスメディアは、報道機関として末期症状にある。  

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疑問を報じない日本のマスメディア

 日本のマスメディアが、国民世論の誘導に大きな力を発揮している。それは戦前、とくに戦時中のマスメディアは、軍部や国家からの一方的な情報(そのなかには虚偽がいっぱい詰まっていた)を垂れ流し、国民世論を誘導し、侵略を正当化し、その担い手をつくりだしてきた。  敗戦は、日本のマスメディアの反省をもたらした。しかし、その反省は消えてしまい、今や再びマスメディアは国家権力からの一方的な情報の垂れ流し機関と化すとともに、テレビに見られるように愚民化政策の先兵の役割を果たしている。  ただ戦前、戦時中と異なるのは、メディアが新聞やテレビだけではないということだ。情報は得ようと思えば得ることが出来るようにはなっている。しかしその入手は、少しの努力が求められる。本を買うとか、インターネットにアクセスするとか、である。  ところで、韓国で起きた韓国哨戒艦「天安」沈没事件である。この沈没は、北朝鮮が原因とされる報告書が出され、日本のマスメディアはそれを大きく報道した。しかし韓国国内やロシアなどからも、それを疑問視する声がだされてきた。このブログでも、それを紹介したことがある。 http://www.anatakara.com/petition/no-explosion-no-torpedo.html  ところが、日本のマスメディアは、一切そういう報道をしない。  もちろん「天安」がなぜ沈没したのか、それに北朝鮮が関わっているかもしれない、だが、マスメディアは一方的な韓国政府の発表を垂…

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自らの責任に頬被りして、小沢氏の責任を追及するマスメディアの横暴

 私は小沢氏について、快く思っていない。小沢氏が中心となっておこなってきた政治、たとえば湾岸戦争への日本の加担、小選挙区制の導入・・・・・などなど。小沢氏を支持しているわけでもないし、民主党を支持している者でもない。  だがしかし、検察権力とマスコミと、そして腐臭を放つ自民党など旧勢力による、小沢問題に関するある種の不当 な攻撃は看過できないのだ。  私は新聞を購読していないので、インターネットで社説を読んでみた。その多くが、小沢氏は不起訴になったが疑惑はある、その疑惑に小沢氏は答えるべきだというものだ。  私は、きわめて執拗な、とにかく小沢氏を起訴したいという執念にもにた特捜部の捜査により、しらみつぶしに調べて起訴すべき材料を見いだせず、その結果不起訴になったのだから、マスコミに疑惑に答えろなんて言われても答える筋合いはないと思う。  特捜部がこいつは何らかの理由で刑事責任を追及したいと考え、執拗な捜査を行い、あることないことマスコミにリークして、マスコミも検察情報を垂れ流して、疑惑があるかのようにする。もうその段階で「こいつ」は立派な「疑惑のデパート」なのだ。しかしそれでも証拠がなく、刑事責任を追及することができなかった。ならばこれはどう考えても「シロ」だろう。「シロ」の人に、あなたの疑惑を説明しろ、というのはおかしいのではないか。  こういう捜査を認めてもよいのか。これでは、検察権力は、無実の人をあたかも罪ある人のようにすることが可能になる。  「朝…

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「ニュースの現場で考えること」

「緑と青のカッパ道」さんから御紹介いただいた「ニュースの現場で考えること」(下記アドレス)は、たしかになかなか面白い。  私が持つ疑問や怒りと同様のものをもたれている。ぜひ読んでいただきたいと思う。 http://newsnews.exblog.jp/  このブログを読んでいたら、朝日新聞社が『ジャーナリズム』という雑誌を出していることがわかった。今もっともジャーナリズムから遠くなっている「朝日」がこんな雑誌を出しているのかと驚いた。これはマスターベーションだな。  今回の小沢問題は、検察の政治性と、マスコミが権力とべったりとくっついていることを露わにした。小沢が不起訴になったかたといって、この問題を終わりとするわけにはいかない。  検察、とくに東京地検特捜部の捜査が以下に恣意的であったのかがよくわかったことから、『知事抹殺』で明らかになった佐藤前福島県知事の冤罪や、リクルート事件の問題など、もう一度振り返ってみる必要がある。私は今回の件で、大いに勉強させてもらった。  最近、郷原信郎『検察の正義』(ちくま新書)も読んだ。特捜部は、この小沢問題をまつまでもなく、問題となる捜査を行っていたことがかかれている。  折しも、戦時下の冤罪事件「横浜事件」が、特高警察による拷問によってねつ造されたものであることが、やっと公式に認められた。あの暗黒の時代を繰り返させないためにも、検察ファッショの息の根をとめなければならない。  今回の小沢問題は…

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暴走する検察

   小沢問題について、今日検察は不起訴とするというニュースがでてきた。最終的にどうなるかはわからないが、いずれにしても、検察の、今回の小沢にかかわる捜査は、異常であった。  『週刊朝日』が報じているが、特捜部の民野健治という検事が、石川議員の秘書、小さな子どもを抱えている女性を10時間近くも監禁し、虚偽の証言を強要し、恫喝したそうだ。  女性秘書は、二人の子どもを保育園に預けているので、迎えに行かなければならなかった。しかし民野健治という検事は、それを阻止し、連絡することも禁じた。はたしてこれは合法なのか。  解放されたのは、午後10時45分だという。いったいいかなる法的根拠から、こういう監禁が可能になるのか。  しかしこの問題を、新聞は報道したのか。検察による人権侵害を報道せずして、検察のリークばかり流し続けるマスコミとはいったい何か、存在意義はあるのか。  1945年10月4日、民権自由の指令がなされた。それは哲学者・三木清が獄中で亡くなったことをアメリカ人の記者が取材して報道したことが原因となり、それが占領軍を動かしたと聞く。一人の人権が侵されたことを報道したことによって、政治犯が戦争が終わってもいまだ解放されていないことを明らかにし、それが占領軍を動かした。  今の日本は、人権が侵害されても何も報道しない。権力をマスコミが擁護しているといってもよいだろう。  『週刊朝日』の、その記事の末尾に、 普通の民主主義国家では、そうした捜査当局…

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おや、おや

 今日「日刊ゲンダイ」を買った。ちょうど私が「中日新聞」の購読をやめたら、リーク報道が激減したそうな。あまりに批判が大きかったのか。  「日刊ゲンダイ」によると、弁護士などになったヤメ検などがリークしたことを認めたことから、新聞などの「記者などが足で稼いだ・・」などという弁解が弁解とならなくなったからだという。あたりまえだ。検察しか知り得ない情報を垂れ流して、何が「足で稼いだ」などというのか。  あの弁解に怒り、新聞購読をやめて、豊かな時間をもつことができ、たいへん喜んでいる。  今回の捜査は、「日刊ゲンダイ」がいうように、「政治的謀略のにおいがプンプンする」。  ところで、自民党政権時代の官房長官、河村健夫が昨年9月、2億5千万円の官房機密費を一挙に引き出したことが、背任罪、詐欺罪にあたると東京地検に告発した市民団体があるという。しかし東京地検は消極的だという。  官房機密費はきわめて大きな問題を含んだものだが、少なくとも野党に転落することがわかっている時点で、このような大金(これは自民党のカネではなく、国家のカネ、我々の税金だ)を引き出す正当性はない。  だが、権力と一体化したマスコミ権力はこれをほとんど報道しないし、また検察権力も消極的だという。  旧体制、利権権力の醜悪さをもっともっと知らなければならない。  

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失望の「特報」欄

 「中日新聞」には、「特報」欄がある。時によい記事があり、ジャーナリズムが生き残っておるな、などと思っていた。しかし今日の「特報」、「問われるメディア力」には失望した。  私はもう十年以上前になるが、ペンネームで『マスコミ市民』や『創』などに、新聞についていろいろ書いていた。しかし、新聞について評論することにむなしさを覚え、それから新聞についていろいろ考えることをやめた。今までとっていた『新聞研究』などもその頃やめた。もう新聞について書くことはやめようと思った。  しかし今、私は新聞について書いている。今は書かざるを得ないので書いている。なぜか。怒っているからだ。いや絶望しているからだ。  若い人に、新聞は読みなさいよ、などと話していたのだが、最近はそんなこととても言えない。私個人が新聞の購読をやめようと思っているからだ。  果たして、現在のような絶望的な状況は、改善されうるか。否!!  「特報」では、もと検察担当記者の「中日」(東京)の記者たちから聞いたことを紙面に載せている。その結論は、「独自取材を並行し記事に、“だだ漏れ”考えられぬ」である。  なるほど、時々独自の取材をしていると思われる記事もある。たとえば、26日の夕刊の記事、「陸山会事件 「紙袋手渡し2度同席」である。水谷建設が小沢氏側に資金提供をしたとき2度同席したことがある」という内容だ。同席したのは、兵庫県内の建設会社社長。記者はどこから聞いたのか。「関係者への取材で分かった」のだそうだ。水谷建…

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自殺行為を続けるマスコミ

 今日の「中日新聞」夕刊にも、「関係者からの取材」記事が載っていた。こういうことを続けていたら、新聞は自滅ですよ。私は「朝日」をやめて「中日」にしたが、もう新聞の購読をやめようかと家人と話をしている。  今日の『日刊ゲンダイ』の1面は、「いつまで続く検察の泥沼捜査」。そのリードは、「国民生活が大不況のどん底にあえいでいるこの時に確たる証拠もない昔の政治資金規正法違反を大々的に大疑獄事件に仕立てようとする検察の異様な執念の狙いは何なのか」である。  最近、政治に無関心の人からも、今度の小沢捜査はおかしいと言い始めている。  そして『日刊ゲンダイ』は、「発覚 西松建設に検察大物の「天下り」」という記事を載せている。もと大阪高検検事長・逢坂貞夫氏。  なるほど、検察はなかなかうまいことをやりおる。いじめていじめていじめておいて、今度は検察を天下りさせる。きっと「もういじめないからね・・」などと言っているのであろう。  民主党も、もと検察官を参議院の候補者にしてあげれば、攻撃の矛先は他に行くのかも。いずれにしても、国民や「正義」のために検察が動いていないことは確かである。  http://www.magazine9.jp/shibata/100127/

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建設的な論議を

 小沢問題に関する情報が、だらだらと流されている。そのほとんどが「関係者」からの情報で、ウラがとれていない一方的なものばかりで、もう私たちも食傷気味だ。  この間、一連の動きの中で判明したこと。 1.検察は決して「正義」ではなく、きわめて党派的な集団であること。 2.テレビや新聞などのマスコミは、検察の情報を垂れ流すいかがわしい組織であること。したがって、マスコミの流す情報は信用性がないこと。 3.政治家には多額の金が集まるらしいこと。小沢氏のカネがどのようなものであろうとも、庶民からすれば考えられないようなカネを扱っていること。そしてそれは、小沢氏だけの問題ではなく、自民党を中心とした政治家につきものであること。しかしこれは、小沢問題が起きてからわかったことではない。  したがって、これから私たちがしていかなければならないことは、 1.新聞・テレビなどのマスコミにかわる情報を発信・受信する方法をしっかりと確立すること。ネットワーク作りである。これについては、すでに様々に試みられているから、それらをきちんと検討し、よりよいものを生み出していくこと。インターネットは、その点で大きな可能性を持つ。 2.検察の「悪」、「醜悪さ」は、この小沢問題だけではなく、管家さんの冤罪事件においても、きわめて明確になってきている。やはり検察の「悪」を、もっともっと暴いていく必要がある。検察のような組織は必要ではあるが、現状のままにしておくわけにはいかない。現状維持ではなく、どうし…

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「中日新聞」おまえもか!

 以前ずっと「朝日」をとっていた。しかし、社説で小泉首相(当時)の演説に高揚するなんてことが書かれていたので(社説って、もっと冷静に論理的に書くものだと思っていたのですが)、すぐにやめて「中日」(「東京」とおなじ系列。中日新聞東京本社が発行しているのが「東京新聞」)にした。  しかしこのところの「中日」は、沖縄問題で少しマシ(他紙がひどいので、マシといっても評価は出来ない)ではあるが、小沢問題では検察の立場を堂々と書き散らしている。  たとえば、第一社会面。スペースを大きくとったその末尾にこうある。  「小沢氏に職務権限がない以上、ゼネコンからの裏献金を立証しても政治資金規正法違反の枠を超える罪には問えない。特捜部は、それでも全国から応援検事を集め、法と証拠を武器に政治とカネの在り方を国民に問おうとしている。」  まさにこの記者にとって、東京地検特捜部は「正義の味方」だ。東京地検特捜部の立場で、彼らの代弁をしているのである。ここに批判的精神はあるのか。  よく「客観報道」とか、一方に偏しない報道なんて、偉そうに言うけど、絶対にそういう配慮はない。    私は小沢一郎という政治家がまったくクリーンな人間だとは思っていない。あの大金はどこからのものなのか、疑問なしとしない。だが私たちが疑問を抱くのと、検察が何とか小沢を失脚させようと(検察がどういう意図をもっているのか、私はわからないが)、権力を振り回してあら探しをすることとは異なる。  さて、第一社会面左の記事…

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検察の問題

 今日の「中日新聞」夕刊には、小沢問題の記事がなかった。珍しいことだ。報道することで、検察の片棒をかついでいることに気がついたのだろうか。  検察の非中立性、政治性をついた意見を二つ紹介しよう。  http://newsnews.exblog.jp/13538890/  http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php  この二つに共通するのは、検察が清和会系、つまり岸信介のつながりのなかにあるということだ。自民党は自民党でも、あの妖怪といわれた岸の系統だというのだ。  藤原さんは、週刊誌の特集を指摘している。大衆的なマスメディアは、いずれも同じ。朝のズームイン朝などという日本テレビ系の解説者なんて、あほ丸出し。私はこのズームイン朝に出ている無知蒙昧の輩の言うことはとても信用できない。知性が全く感じられない。以前簡単な漢字も読めずに、まちがった読み方を平然としていた。アナウンサーもその間違いを指摘せずにそのままだった。  ただし『週刊朝日』は、最近頑張っている。今週号は、ジャーナリストの上杉隆氏が、「検察の狂気 これは犯罪捜査ではなく権力闘争である」を書いている。上杉氏が書いている内容に同感だ。  また「きっこの日記」も、検察がマスコミに虚報を伝えて世論を創り出そうとしていることを指摘している。  http://www3.diary.ne.jp/user/338790/  このような検察に鉄槌を!…

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「関係者」って誰?

 小沢氏の「疑惑」に関する報道の洪水が続いているが、それにしてもマスコミは一挙に同じ内容の報道をするのがお好きのようだ。もと千葉大生のイギリス人女性殺害の事件も大洪水のように流していた。しかい今は皆無。山陰地方で起きた女子大生バラバラ殺人事件もかなり大きく報道していたが、その後ぷっつり。いったいその後の捜査はどうなっているのだろうか。  今日の本題はこのことではなく、「関係者」という記事によく見られる語句だ。いったい「関係者」って誰だ。別に個人名をあげよと言うのではない。どういう「関係者」なのかをきちんと書くべきではないか。  もちろん読んでいれば、それは小沢疑惑を執念深く追い回している検察「関係者」であることがわかる。ならば、きちんと書けよ。  でも、これって守秘義務違反でしょ。そういう危険をおかしてもなぜ「関係者」が情報をアホなマスコミ関係者に垂れ流し続けるのか。それは、それによって検察が利益を得ることができるからではないのか。  今回の検察の動きは、検察が「正義」ではないこと、「中立」でもないことを明確に示しているが、同時にマスコミもそういう存在であることを示し続けている。  その点で、よいブログを見つけた。読んでいただきたい。   http://newsnews.exblog.jp/13526663/  http://newsnews.exblog.jp/13526982/  http://newsnews.exblog.jp/135…

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おかしい!!と主張するブログなどの紹介

 こういうおかしいことを許しておいてはいけません。 http://tanakaryusaku.seesaa.net/article/138707992.html http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51323542.html http://igajin.blog.so-net.ne.jp/2010-01-16 http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-812.html http://www3.diary.ne.jp/user/338790/ http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/01/post_467.html http://www.the-journal.jp/contents/futami/2010/01/post_13.html http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2010/01/post_205.html

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定期テストとしての世論調査

 世論調査で内閣支持率が低下し、不支持が増えているという。また小沢幹事長についての詰問調の結果も出されている。  だが、この結果は当然だ。テレビや新聞が、検察の立場に立って、検察から小沢幹事長が不利になるようなリークをひたすら報道しているのだ。これでもか、これでもか、という具合だ。  西松建設問題が出てきてから、一連の小沢幹事長に関わる問題を客観的に見ていても、自民党議員と小沢氏に対する扱いには、明らかに「差別」がある。  マスコミは、権力機構の中枢にある検察からの情報を垂れ流し、小沢氏側の情報はほとんど流さず、きわめて一方的だ。  国民の多くは、そういう情報だけを受けているのだから、内閣支持率が落ちるのも当たり前、小沢氏を詰問する回答をするのも当たり前だ。  マスコミは検察からの情報を次々と流して国民の脳裏に一定の思考をつくりだし、それがうまくいっているかどうかを世論調査で確認しているのだ。  これは、中学校や高校で、試験範囲を設定して、それに関してテストを行うことと全く同じだ。それも自由な思考を問うのではなく、一定の方向性を持った情報がきちんと頭に入っているかどうかをテストするのだ。  私は、現在「中日新聞」を購読しているが、この新聞も購読するのをやめようかと思っている。テレビや新聞の情報は、ただ権力の流す情報を少し加工して、わかりやすくして送ってくるだけのものになってしまっている。  マスコミから、ジャーナリズムの精神が消えてしまって久しいが、…

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小沢/西松建設問題と日本のメディア

 ニューヨークタイムズが、小沢/西松建設問題に関する日本のメディアの報道について、記事を書いていることを知った。  http://kitanotabibito.blog.ocn.ne.jp/kinyuu/2009/05/post_27ef.html  http://newsnews.exblog.jp/11652594/  http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-1620.html  日本のマスコミは、「権力の番犬」なのだ。  私もそう思っているが、アメリカのジャーナリストもそう思っているのか。

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意図的なメディア

 無思想で、ひたすら視聴率と庶民の俗っぽい関心を追い求めるマスメディア。とくにテレビメディアは、見るに値しないものが多い。  我が家では、民法ではニュ-ス番組以外はほとんどみない。ニュース番組を除いて、NHK、NHK教育にはまあ良い番組がある。  今日の『中日新聞』夕刊の「大波小波」は、おもしろい内容を記している。  ニューヨークでテレビの仕事をしている人が、三点指摘したという。  まず第一。「日本のテレビは、なぜ回転寿司やラーメンのランキングを、ニュースの時間にやっているんだ?」  第二。「どうしてニュース番組の映像に、あれほどモザイクやテロップが多いのだ?」  第三。「どうしてあれほどに殺人事件の報道が多いんだ?」    きわめて正当な指摘である。とくに最後の質問は、昨年の殺人事件は戦後最低の件数であったというのに、マスメディアが、日本はきわめて危険な社会であることを意図的に報道し、庶民の不安と恐怖をかき立てている。  最初の質問は、夕方の貴重な時間であるにもかかわらず、重要な情報を流すべき時間にグルメ情報を流すテレビ局の姿勢を問うたものだ。だが、おそらくテレビ局は、この問題性に気がつかなくなっているほどに退廃している。  世界の常識が、日本の非常識になっていることがある。たとえば高等教育にはほとんどお金がかからないのが普通なのに、日本ではものすごくかかるなど。  http://news.study.jp/business/0406…

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マスコミを席捲する自民党

 福田君がやめて、今は自民党総裁選にすべてのマスコミが動員されている。その前はオリンピック。国民生活に関わる報道は、久しくなくなっている。  そういうなかで、これでもか、これでもかと自民党幹部がテレビに出まくっている。これで自民党への支持を高めようとしているようだ。もちろん、マスコミもそれに安易にのりまくる。いつものパターンだ。  福田君、君はだれに指示されたのかわからにけど、君の辞任は自民党にはプラスになっているようだ。うまいよ。テレビをはじめとしたマスメディアの利用方法を熟知しているプランナーがいるのだろう。  今月号の『現代思想』の特集は、「大学の困難」。もちろん大学が困難な状況に置かれていることに対する様々な言及がなされているのだが、このブログに関わって紹介したい言説がある。  そこで行われた対談の中で、「記憶を失った人間は、非常に操作をしやすくなる。現在しかない人間はコントロールしやすい」とある。ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』という本から示唆されたことばのようだが、その通りである。    まさにマスメディアは、大挙して「現在しかない人間」をつくりだしている。  なお、ナオミ・クラインの本の翻訳はない。私はこの本を購入して読んでいるが、最初にアメリカのハリケーンのあと、いかなる事態が引き起こされたかが書かれている。災害が利用されて、「フリードマン経済政策」が、推進されたという。  ショックを利用して、「グローバル私益国家」(私の造語)…

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【本】金平茂紀『テレビニュースは終わらない』(集英社新書)

 大変良い本である。マスコミ関係者、特にテレビに関係している人々、マスメディアに関心を抱いている人には、必読である。  第一章 現代の戦争報道  第二章 政治権力と報道  第三章 荒野から  イラク戦争開戦時、世界のメディアが従軍記者となってアメリカの側からの報道を行った。何かを見るとき、何かを撮影するとき、何かを報道しようとするとき、どういう視点から、というのはきわめて重要である。イラク戦争の際、アメリカ軍の統制下に従軍してなされた報道は、報道として成り立つか。報道する記者たちの目は、明らかに攻撃する側のまなざしからのものであった。日本に流されたのは、アメリカ軍のまなざしのものがほとんどであった。特にNHKのニュースは、軍事評論家と一緒になって、アメリカ軍はこの後どういうように進軍するか、というものであって、戦火の中に苦しむイラク民衆の姿はなかった。  それから日本人人質事件の「自己責任論」。マスメディアは、日本国家の責務を追及せず、犯罪被害者を断罪した。当時のパウエル国務長官の発言がまっとうなものであったにもかかわらず、そういう常識的な批評はほとんどなされなかった。  イラク戦争時のマスメディアの動向は検証に値すると、私は思っている。その点で、本書はその問題点を具体的に示している。  次は、アメリカの大統領選挙とテレビメディアとの関係である。日本においても、選挙とテレビメディアとの関係が、あの小泉選挙以降問題視されるようになった。アメリカのそれをつぶさに見てき…

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「メディアの壁」と学校

   「メディアの壁」ということばが、なぜか現在の社会状況の本質を捉えているような気がする。この言葉は何で読んだのか記憶にはないが、最近『アルジャジーラとメディアの壁』(岩波書店)が刊行されたことによるのかもしれない。この本は注文してあるが、いまだ来ずであるが。  さて小林由美『超・格差社会 アメリカの真実』(日経BP社)を読み終えた。本の内容と、このブログのテーマがあわないと思われるかもしれないが、本書に「アメリカの外交政策の実態について、アメリカの一般人はほとんど知らない。朝晩30分ずつの全国ニュースの中で、外交や戦争について報道されるのはせいぜい5分で、それが唯一の情報源という人が大半だ。その5分のニュース時間のうち半分以上は政府側の話が流れるわけだから、事実報道に費やされる時間はせいぜい1~2分に過ぎない。それだけの情報しかなかったら、何が起きているかを正確に判断することは不可能に近い」(239~40頁)という文があった。  テレビをはじめマスメディアが発達すればするほど、人々は『壁』に囲まれる度合いが強くなるという逆説。  最近テレビについては、見たい番組がほとんどない。私にとっては「くだらない」ものが多い。しかし、テレビ局は視聴率を稼ぐために、アホらしい番組を垂れ流している。特にゴールデンタイムと言われる時間が、もっともアホらしい。本来国民に流されるべき情報は、アメリカならずとも、日本でも流されない。アメリカも日本も同じ状況にある。  次に「悲惨な状況にある公…

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東京新聞の「特報」の「安倍新政権にメディア戦々恐々?」

 下に掲げた記事は興味深い。批判精神が、すくなくともある。  しかしすでにテレビ朝日は、安倍が喜びそうな番組を放送している。これからは、マスコミは、批判や「権力の監視」ではなく、「権力の賛美と宣伝」の媒体として発展していくことだろう。 http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060923/mng_____tokuho__000.shtml 安倍新政権にメディア戦々恐々?  安倍政権が始動する。首相官邸の広報機能も強化するそうだが、気になるのは安倍流のメディア対応。自民党幹事長時代には「バランスを欠く」とテレビ局を痛烈に批判。党幹部の出演拒否などで物議を醸した。一方、自身については靖国参拝についても、ひたすら“だんまり”。権力のチェック機能を課せられたメディア側も押され気味だ。自省を込めつつ、同氏の「開放度」を検証すると-。  自民党のメディア、特にテレビ局に対する強硬な姿勢への転換は、二〇〇三年九月の安倍氏の党幹事長就任と軌を一にしている。  まず、〇三年十一月、衆院選直前にテレビ朝日の番組が民主党の閣僚構想を長く報じたことに抗議し、投開票当日に同局への党幹部の出演を拒否した。  この際は、報道被害者の救済機関「放送倫理・番組向上機構」(BPO)が運営する「BRC(放送と人権等権利に関する委員会)」に安倍幹事長名で審理を申し立てるに至った。  さらに〇四年七月の参院選では、TBS、テレビ朝日の年金報道について、報道各社に「政治…

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世界は良くなっていない。

 アルジャジーラのホームページをみると、もちろんイスラエルとパレスチナ、イスラエルとレバノンの記事が多い。  私はパレスチナの人々が抵抗する気持ちは理解できる。イスラエルは、正真正銘のテロ国家である。その国家をアメリカがしっかりと支えている。国際社会が何とか解決しようとしても、アメリカが拒否権を発動してそれを妨げる。解決の糸口はなく、多くの人々が犠牲になっている。  他には、インドがパキスタンとの話し合いをキャンセルしたとか、韓国で洪水がひどいとか、フィリピンの火山爆発により避難民がでているとか、あまりよいニュースはない。その他の国際ニュースもよいものは見あたらない。アフガニスタン、スリランカ、パキスタンで人が殺されている。  平和な世界は来ない。ボブ・ディランの「風に吹かれて」は、まだまだ唄われなければならない。    世界的に秩序が壊れていっているようだ。     http://english.aljazeera.net/HomePage

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【本】佐藤卓己『メディア社会ー現代を読み解く視点』(岩波新書)

 この本は一読の価値ありである。既知であることが再認識され、また新鮮な知識により触発を受ける。全部で50のテーマで書かれており、それぞれ教えられることが多い。読みやすく、短時間で読むことができる。  「消費社会とはすべてのモノ、コト、ヒトが広告(情報発信)の媒体となる社会」(4p)であり、そのような社会に私たちは生きている。多くの情報に取り囲まれてるのであるが、しかし「「情報」が「敵情についての報告」を意味する軍事用語から生まれた事実」(27p)を、私は知らなかった。  「マス・メディアの機能の一つは、人々の記憶を共通の歴史に繋ぎとめることである」(90p)という指摘も、なるほどなあと思う。しかし、「誰でも利用できる情報量が増大しても知識格差は解消せず、むしろ拡大する。なぜなら、情報処理に未熟な人々は大量の情報を選別できず、それに習熟した人との情報利用格差は拡大するからだ。これによって両極化される情報富裕層と情報貧困層は、価値観や行動様式の溝を深めていくことになる」(180p)。  そしてそのメディア報道において、「中国や韓国との報道において、靖国問題や竹島問題など対立点のみ強調され、両国の合意点が詳しく解説されることはない。ここでもメディアは合意点を飛び越して対立点のみを追いかけていないだろうか。合意点を適切な文脈で詳しく解説し、人々を「嫌韓」「嫌中」の冷笑主義ではなく友好的対話へと導く熟慮のジャーナリズムが必要なのではあるまいか」(109p)に、私は賛同する。  そして…

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【本】木下和寛『メディアは戦争にどうかかわってきたか』(朝日新聞社)

 国家権力は戦争においてどのようにメディアを利用してきたか、あるいは利用できなかったかを、歴史的に検証したものである。いろいろな事例を豊富に揃え、また関連文献をかなり渉猟した様子で、一読の価値ありである。  アメリカはイラク侵攻において、効果的にメディアを利用した。記者を自軍の中に“埋め込み”「従軍」させ、米軍の一員であるかのような気持ちを記者たちに抱かせた。  とくにテレビの場合は、どちら側からどちらへ向けて画像を撮るかはきわめて重要である。見る者の視点を、アプリオリにテレビの側が設定して視聴者に送り届けるからだ。視聴者は、視点を選べない。米軍の部隊から撮影すれば、自ずから「敵」はイラクになってしまう。  しかし、逆に反対側から撮れば、一方の報道はある程度中和される。中東における「中和剤」の役割を果たしているのは、アルジャジーラである。アルジャジーラの報道は、アメリカの報道への重要な異議申し立てであった。だからこそ、アルジャジーラは米軍からにらまれ、また攻撃もされたのである(「アメリカは自由の国」だそうだが、何度もアルジャジーラに文句を言っていたようだ。)。日本のメディアは、アメリカに非難されたことがあるのだろうか。  アメリカでは、テレビは「好戦的な愛国心に流されがち」であった。「新聞は、流れに抗する「反対意見」の牙城となってきた。イメージで感情に訴えるテレビに対し、文字によって知性と理性に訴える新聞の特質である」と“あとがき”にあるが、私はもはや新聞にもそんな特質はな…

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フォークランド紛争から

 イラク戦争が始まったとき、NHKのニュースは異様な光景であったことを思い出す。イラクの地図模型があって、軍事評論家と称する人が、アメリカ軍は次は○○に進撃するでしょう・・・などと、アメリカ軍の立場に立った軍事作戦の解説を行っていた。イラク戦争の問題点などの指摘はかけらもなかった。開戦となると、マスコミは「大本営」直営放送となることを証明した事例であった。  私は、国家がマスメディアをうまく利用し、国家の宣伝隊として利用したのは、湾岸戦争からだと思っていたが、『メディアは戦争にどうかかわってきたか』(朝日新聞社)を読んでいたら、イギリスによるフォークランド紛争が最初であるという。英国は、ベトナム戦争の教訓から「メディアがアクセスできる取材源をできるだけ絞り込む。記者・カメラマンを従軍させるが野放しにはせず、軍規に服させる。ニュース公表の決定権は政府軍当局が握る。テレビ中継はさせない。」ということを学んだ。  その教訓は、フォークランド紛争で試され成功した。  またアメリカも、「戦場への接近、取材を制限する、映像は好ましくない部分を削除し、“消毒”する、当局に不都合な情報は隠す、軍事上の失敗、成功に事実と異なる説明をする、テレビを優先し、新聞の役割を弱める」という方針を打ち立てた。  それが実際に適用されたのは、グラナダ侵攻、パナマ侵攻であり、それらの経験を経て湾岸戦争で完成した。湾岸戦争では、メディアは「敗北」した、と著者の木下和寛は記す。だが私は、メディアは「敗北」したのではなく…

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東京新聞の社説は、感動的である。

 本日の東京新聞社説は、ぜひ多くの人々に読んでいただきたいと思い、全文掲載させていただきます。著作権に抵触するかもしれません。心配ですが、しかしこの社説は、多くの人に読んでいただきたいという気持ちから、掲載します。東京新聞からカットせよといわれたらカットします。 http://www.tokyo-np.co.jp/sha/ 敗れる前に目覚めよ  目をしっかり開け、歴史のフィルターを通して今を見つめなければ、正しい判断も進歩も生まれません。戦艦大和で散った人たちの悲痛な叫びが聞こえます。  「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじすぎた。…本当の進歩を忘れていた。敗れて目覚める、それ以外に日本がどうして救われるか。今目覚めずしていつ救われるか。俺(おれ)たちはその先導になるのだ。まさに本望じゃないか」  一九四五年四月、生還の見込みがない沖縄海域への特攻出撃を前に、戦艦大和の艦内で死の意味をめぐり煩悶(はんもん)、激論する同僚たちを、臼淵磐大尉はこう言って沈黙させました。 ■必敗を覚悟した大和特攻  もし、この臼淵大尉が昨今の日本社会を見たら何と言うでしょう。  大和の特攻は、制海、制空権を奪われ、敗戦間近いことが明らかな情勢下で、片道分の燃料しか与えられず、戦闘機の護衛なしに臨む戦いです。合わせて三千人を超える将校、下士官、兵士たちの誰もが「必敗」を覚悟していました。  臼淵大尉は死を美化した…

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テレビへの批判

 昨日の『中日』が「東京特派員の眼」で、日本のテレビについての感想を記している。  韓国・ソウル新聞の記者は「大学時代、「放送は公共の財産だ」と習った。日本では占い師がテレビに出演して人の運勢を占う。これがどんな公共性があるのだろうか」と言う。  「テレビをつけると、ブリっ子の女の子が温泉に入っていて「気持ちがいい、気持ちがいい」、食事に行って「おいしい、おいしい」とおしゃべりする番組がやたら多い。最悪だ」と言うのは。イギリス(デイリー・テレグラフ)の記者だ。  私もほとんどテレビを見ない。テレビについて、不信感しか持っていない。ニュース番組もあまりの偏向にあきれかえっている。  テレビはホリエモンを追っかけ回して賛美していた。今度はその反省もせず、ホリエモンの「悪事」をあばく。暴くことは悪いことではないが、昨年の選挙中にでも、ホリエモンの姿を客観的に報道していればまだしも、そんな局はなかった・・・?  一種の国民の皮相な興味関心の流れに乗るだけのテレビの姿勢。メディアとしての見識を一つも持たずにただ垂れ流しているテレビ。「公共性」なんか考えていないテレビ。ただ考えているのは、視聴率のみ。つまり金儲け。  「知的な番組を作れば、みんな見ると思う」とイギリス人記者は記す。その通りである。

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嘘がまかり通る社会

 昨日『現代』9月号を購入した。NHKの番組改編問題について、政治家(安倍、中川)の「政治介入」の決定的証拠が掲載されていたからである。私は、この問題についての『朝日新聞』のそれこそ毅然とした姿勢から、テープがあるな、と思っていた。掲載された「証拠」はやはりテープをおこしたものだ。  政治家もNHKも嘘をついている。まずNHKの側が嘘を言っているという事実に、本当に失望する。少なくともNHKは報道に携わる機関である。その幹部が嘘を言うのであるから、もうNHKの報道機関としての生命は終えたと断じてもよさそうである。  イラク戦の際の、7時のニュースを思い出せば、あれもアメリカ軍の立場に立って、次はどのような作戦を行って、どのように進軍していくかを、軍事評論家とともに推測するというお粗末なものだった。戦争の中で破壊され殺されるイラクの人々に対する顧慮などまったくないものだったと記憶する。  またこの改編問題でも、7時のニュースは、客観的な報道ではなく、NHKの主張を発表する内容であった。もっとも公共性が問われるニュースにしてもこうであるから、NHKの「政治性」は明らかである。  また政治家の嘘にはもう慣れてしまっている。しかしそういう政治家が大きな力をもち、権力の一部を担っているのである。また安倍は次期首相として人気が高いようである。政治家の2世、3世が、権力を握っているのも異状である。通常の人々の感覚を、おそらく彼らは持ち合わせてはいないだろう。政治が庶民から離れていく原因は、ここにもあるの…

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ニュース番組

 現在、イラクはどうなっているだろうか。テレビや新聞にもあまり報道されなくなった。最近ありがたいのは、インターネットを駆使すれば、自宅にいながら情報を得ることができることだ。中東情勢は、アルジャジーラ(http://english.aljazeera.net/HomePage)でみるようにしている。そのなかのCartoons は知的で、風刺が効いていて面白い。   残念なことに、マスメディアではかくも多くの情報が流されてるのに、知りたい情報は流れてこない。自ら情報を得ようとしないと、つまらない情報に埋まってしまう。  とにかく、日本のマスコミは、ちっともじっとしていない。NHKの番組改ざん問題などが毎日報道されていた後、今度は日本放送をめぐるライブドア・フジテレビの動向、そして今はもう次のテーマを追っている。くるくると変わる。  テレビでは、何らかのテーマをじっと追い続けるという番組が減った(たとえばNNN系のドキュメント2005がその性格を変えている)。新聞でも、そのように継続して追及する連載記事が少なくなっているように思われる。    ここで話が大きく変わるが、生きるということは、現在というその「時」をただ生きるのではなく、今まで生きてきたなかで獲得されてきた蓄積ーそれは人類が積み重ねてきた蓄積をも含むーを背負いながら、未来を一歩一歩創りあげていくことだと思う。    マスメディアも、そのような性格をもってほしいのだ。  マスコミは、多くの情報をただ垂れ流すだけになっている。…

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