アベと闘う『週刊現代』

 今週号の『週刊現代』には、アベの遺産相続の問題が書かれている。  アベの父君・安倍晋太郎は、アベシンゾーが晋太郎の秘書になってから病没するまで、自らの政治団体に6億3823万円が寄付されたという。政治家は、指定された政治団体に個人献金すると、その献金は所得控除を受けることができ、控除額は青天井だというのだ。  安倍晋太郎は、自らの資産を、政治団体を経由させることにより、アベシンゾーに渡したというのだ。本来ならば3億円の相続税を払わなければならないのだが、こうした方法で相続税をクリアしたというのだ。そして国税庁幹部は、このやり方を脱税だと認識しているという。  これこそ、アベがやめる原因となったと、立花隆は言う。 http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070914_scandal/index.html  『週刊現代』には、もっと詳しく調査をしてほしいと思う。  

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立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」

 松岡大臣の自殺にまつわる疑惑を、立花氏が説明している。ぜひ読んでいただきたい。  http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070531_tentosen/ 「松岡氏らの自殺を結ぶ「点と線」「緑資源機構」に巨額汚職疑惑」という題である。

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立花隆氏の指摘に、なるほど。

 立花氏が「メディア ソシオ-ポリティクス」で、新しい事実を指摘している。以下にその一部を掲げる。あとは、下記のアドレスにアクセスしていただきたい。  故松岡氏に関して、もっといろいろな疑惑があるのかもしれない。その追及を避けるために自殺した?  「闇」の部分は、しっかりと表に出してもらいたいものだ。 実は10日ほど前に、松岡農水相の地元(熊本)関係者の有力者(地元秘書ともいわれ、選挙違反・買収容疑で逮捕されたこともある)が、謎の自殺をとげている。 http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070528_yami/ http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070529_shinsou/index5.html

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アメリカが警戒するアベシンゾー

 アメリカは、「戦後レジーム」を変えたいというアベシンゾーを警戒している。「戦後レジーム」を変えたいということは、日本の敗戦によりできた体制、それは日本国憲法やサンフランシスコ講和条約などによってできたもので、それを変えるというのであるから、アメリカが警戒するのも宜なるかな、である。  立花隆氏がNewsweek英語版の記事を紹介している。  私は日本版を購読しているが、そんなに違うのなら日本版をやめようと思う。  「米メディアが警戒する安倍首相訪米の中身」という文である。 http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070426_houbei/

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立花隆氏の憲法論

 改憲手続き法案がいずれ成立し、改憲への動きが明確になっていくことだろう。改憲の標的は、憲法第9条である。その第9条に関して、立花隆氏が明快な主張をしている。  いま大切なのは、誰が9条を発案したかを解明することではなく(究極の解明は不可能だし、ほとんど無意味)、9条が日本という国家の存在に対して持ってきたリアルな価値を冷静に評価することである。 そして、9条をもちつづけたほうが日本という国家の未来にとって有利なのか、それともそれをいま捨ててしまうほうが有利なのかを冷静に判断することである。 私は9条あったればこそ、日本というひ弱な国がこのような苛酷な国際環境の中で、かくも繁栄しつつ生き延びることができた根本条件だったと思っている。 9条がなければ、日本はとっくにアメリカの属国になっていたろう。あるいは、かつてのソ連ないし、かつての中国ないし、北朝鮮といった日本を敵視してきた国家の侵略を受けていただろう。 9条を捨てることは、国家の繁栄を捨てることである。国家の誇りを捨てることである。9条を堅持するかぎり、日本は国際社会の中で、独自のリスペクトを集め、独自の歩みをつづけることができる。 9条を捨てて「普通の国」になろうなどという主張をする人は、ただのオロカモノである。 http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070414_kaiken/index6.html  私も、立花氏と…

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二つの文

 目にとまった二つの文を紹介したい。  一つは、「朝日新聞」に投稿された「日本に現れた途上国の症状」である(3/4付)。朝日新聞はこの表題を「日本に表れた・・・・」としているが、私は症状なら「現れる」のほうをつかうべきだと思うがいかがだろうか。勝手に修正してしまったが・・・。  それはさておき、その内容であるが、投稿者は浜松市在住の医師である。その医師は、世界保健機関などで16年間、途上国での医療協力に従事してきた。その経験から、途上国の特徴として、「まじめに働いても貧困から抜け出せない人、貧しさで健康や教育をあきらめなければならない人が多いこと」をあげている。  日本に帰ってきて、投稿者は驚いている。途上国の特徴が、日本にも存在しているからだ。そして「格差があり、貧しさをいつも感じさせる途上国社会は居心地がよくなかった。日本もそこに突き進んでいるように思えてならない。」と結ぶ。  「先進国たるゆえんは、カネの有無にかかわらず自分の人生を選択できることにあるのではないか。」という言葉は、現在の日本を撃つ。  もう一つは、立花隆の「南原繁の言葉と戦後レジーム」(『UP』2007/3月号)である。戦後東大総長をつとめた南原繁の言葉を、現在に蘇らせようという強い意志を感じさせられる内容である。  昨年8月15日、東大で「8月15日と南原繁を語る会」が開かれた。すぐに応募者が多数となったため、私はこの集会に参加できなかったのであるが、その集会の内容が『南原繁の言葉ー8月15日・憲法…

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立花隆「改憲政権 安倍晋三への宣戦布告」(『現代』10月号)

 ただでさえ、教育が窮屈になっているのに、教育基本法が変えられたら、一挙に戦前のような愛国心教育が推進されていくだろう。法制化されるとき、強制はしないといわれた「日の丸」「君が代」が強制されたように。  歴史の教訓は、国家統制が厳しくなれば、思想信条の自由の幅は極端に狭められる。たとえ「右」の思想でも、国家にとって「異端」と判断されれば、それは抑圧されるのである。  昨日、NHK教育テレビで「祖父が語る戦争」というものをやっていた。戦争体験世代が、自らの終焉を前にして、また現在のおかしな風潮に危機感を抱いて、自らの戦争体験について話していた。あるもと憲兵隊員は、なぜ中国が怒るのか、について、自らが手を下した行為をもとにして話していた。  私も中国に何度か歴史の調査で行ったが、偶然に出会った中国人の老人に戦争のことを尋ねると、自らの生々しい体験を語り出す。夜、ふと目が覚めると、日本兵が家の中で家族を殺している、あるいは民間人を殺して池の中にその死体を放り投げたという話、中国ではそんな話がいっぱいある。幸い、日本本土は「敵」の上陸がないときに敗戦を迎えた。自分の家に武器を持ち殺気だった兵士がいるということを考えてみればよい。そういう体験を想像して見てほしいと思う。  そのような戦争体験をもたない、また命令する側にいた人の孫が次の首相になるという。改憲を叫び、教育基本法を臨終させようとしている。そんな安倍晋三に対して、立花は戦後民主主義の枠組み作りに貢献した南原繁をその対極として、安倍晋…

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立花隆の「天皇はなぜ参拝しないのか 「心の問題」論と靖国神社」

 立花隆が、例の天皇の靖国神社へのA級戦犯合祀に関する発言について、鋭い指摘をしている。『文藝春秋』9月号の、半藤一利、秦郁彦、保阪正康の3人による座談会「徹底検証・昭和天皇『靖国メモ』未公開部分の核心」を読んだ上で論じている。  その座談会で、秦は「頼りにならぬ陸海空軍の統帥部長に比べて、相対的に、東条がマシに見えたのでしょう。能吏だから、こまめに上奏するし、御下問があればごまかさずに答える。しかしながら、戦争末期には東条もまったくアテにならず、天皇は、アメリカの短波放送で戦況を聞いていたんですよ。」と語っている。大日本帝国の政治的・軍事的リーダーの「ひどさ」がここにも表れている。こんなヤツラの後に、天皇も含めて、戦時下の日本人はついていかざるを得なかったのである。  立花は、「戦争清算のシンボルであるA級戦犯を合祀して、そこに日本国を象徴する天皇が拝みに行くというようなことは、まさにそのような戦後国家日本の再出発の原点を乱す行為にあたるが故に、天皇としては何としてもするわけにはいかない行為なのである。」と論じている。それは小泉とて同じである。「心の問題」などという訳のわからぬことばで靖国参拝するのは、小泉が首相としての資格がない人物であることを証明する。  そして私は立花の次の主張に、完全に同意する。 私にいわせれば、いまさら東京裁判の否定だの、A級戦犯に罪なし論などを並べ立てるバカ連中は、あの戦争に敗北した事実を男らしく受け止めることができない連中だとしかいいようがな…

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