マスコミが増幅する世論

(1) 千葉県知事選で、自民党の森田健作が当選した。私は森田氏の当選は確実だと思っていた。彼は無所属として立候補したが、実際は自民党からの選挙資金で闘った。 http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-1496.html  またマスコミも、森田を間接的に応援しただろう。マスコミ、特にテレビは同じ業界の人が好みだから、森田の「出番」は何のかんのと言いながら多かっただろうと推測する。日本には当然都道府県の数だけ知事がいるわけだが、そのなかでも宮崎県と大阪府がダントツの出場率だ。  テレビは、彼らの一挙手一投足を報道し、宮崎県知事はバラエティ番組にもでている。テレビの馬鹿番組をみればよい、出ているタレントは、どのチャンネルをまわしても同じ人間がでている。ことほどさように、テレビは売れているタレントが好きなのだ。売れているのか、テレビが売っているのか、それは鶏が先か卵が先かという神学論争になるのでやめるが、少なくとも増幅作用はあるだろう。 (2) 森田が勝利した背景に、小沢の西松建設献金問題があったという報道がなされている。そりゃあそうだろう、連日新聞、テレビが小沢を悪代官のように報道し、「説明は不十分だ」、「代表を辞すべきだ」などとがんがん語りかければ、その意見は増幅されて国民の中に入っていくことだろう。  私は小沢自身の考え方、政治姿勢を支持するものではない。小沢は、自民党幹事長の時代から問題のある政治家だと思っている。  しかし今…

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「国策捜査」なのかどうか。

 今回の小沢氏に関わる西松建設献金問題について、その怪しさを前提にして、「国策捜査」であるかどうかの意見の相違がネットに存在している。  私は「国策捜査」説である。これは植草一秀氏もその説である。 「国策捜査」=「知られざる真実」への認識拡散効果 http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-2240.html  しかしマスコミ関係者は、それを否定する。たとえば山口一臣氏。「週刊朝日」の編集長である。 検査に正義を求め過ぎるのは気の毒だ http://www.the-journal.jp/contents/yamaguchi/2009/03/post_56.html 小沢秘書逮捕と「検察の裏金」 http://www.the-journal.jp/contents/yamaguchi/2009/03/post_55.html  いずれにしても、今回は問題が多い。「漆間官房副長官」が口を滑らしたように、自民党関係者には捜査の手が届かない。これはおかしい。  いずれにしても、権力は決して「中立」ではない。「権力」は、自らを守るために戦闘的になるのだ。もちろん戦闘的になるのは、「権力」の担い手=官僚機構の住人である。なんと言っても、利権が絡みついているから・・・・。

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「・・・・・・か」という報道

 今回の民主党小沢氏の西松建設献金問題のニュースの特徴は、第一に「・・・・・か」という見出しが多いことだ。今日の新聞にも、以下のようにでている。 「談合事件後の新仕切り役「小沢氏側寄り」 影響力拡大か」(朝日新聞) 「小沢氏秘書 前任者も談合関与か 西松巨額献金事件」(中日新聞)  第二に、ニュースソースが「・・・・・関係者」という、わけのわからないところからのものがほとんどであることだ。  おそらく記事を書いている本人も曖昧なままだろうが、本当のことかどうかがわからないまま、新聞やテレビで報道されるのである。「・・・・・か」と書いておけば、あとから「そうではなかった、事実は・・・・であった」ということがわかっても、「・・・・・か」と書いたからということで自らを免罪しようとしているのではないか。  こういう記事の書き方は、大いに問題である。今回の西松建設献金問題の報道は、明らかに捜査当局などに仕切られているようなものが多いように思う。  そこで私は、マスコミに提案したい。おそらくこの事件の幕引きが近々行われるであろうから、「・・・・・・か」とした記事について、しっかりと検証すること、そして「・・・・・・関係者」というニュースソースを、別に個人名を出さなくてもよいから、もっとわかりやすい表現にすること、である。    私は、今回の事件は検察の「やり過ぎ」ではなく、明らかに一定の方向性をもったきわめて政治的な捜査であると思っている。そのことに関し「毎日新聞」が…

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「山田洋行」の元専務

 いまマスコミで報道されている「山田洋行」の「元専務」っていうのは、なんと防衛庁からの天下り、だそうだ。   「毎日新聞」のこの「守屋前次官:昨秋までゴルフ接待、退職金の返還要求も」という記事にある、この「元専務」のことだ。  何でマスコミは、このことを報道しないのか?????!!!!    防衛省の守屋武昌・前事務次官(63)が、防衛専門商社「山田洋行」の元専務(69)と頻繁にゴルフをしていた問題で、石破茂防衛相は23日、ゴルフは次官在任中の昨年秋まで続き、元専務からマージャンや飲食の接待も受けていたことを明らかにした。また前次官は、出入り業者など利害関係者との付き合いを規制した自衛隊員倫理規程に違反していたという認識もあったという。さらに石破防衛相は、前次官に対し、退職金を自主的に返納するよう求める意向を示した。  同日午前の閣議後会見で、同省の調査概要として明らかにした。  調査に対し、守屋前次官は元専務からの接待について「昨年の秋までプレーをしていた記憶がある。回数については確認する材料がなくコメントできない。料金はプレーの度、元専務に1万円を渡すことになっていた」などと説明。プレー後に、マージャンや焼き肉など飲食接待が行われるケースもあったという。  このほか、来日した米国防総省や国務省高官と元専務との会食に守屋前次官が招待された際、食事代は元専務が負担していたという。  守屋前次官は「個人的な付き合いで、ゴルフ接待を受けることをやめられなかった。…

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品性と品質

 今日の「中日新聞」夕刊に、佐野真一の「安倍首相辞任に思う 問われる日本の「品質」」という文が載った。  佐野は、日本人の「品性」ではなく、「品質」が問われていると言う。  最後の部分を引用する。  思えば日本と日本人の「品質」が危険水域に入り、日本社会の底が抜け始めたのは、5年5ヶ月にも及んだ小泉政権時代だった。世論は「改革は改革だ」といっているにすぎない小泉のトートロジー(同義反復)を手放しで称賛した。「読む力」の減退というなら、マスコミが小泉マジックに翻弄され熱狂した時代から、世間の眼力は相当鈍っていたのである。それは、安倍辞任の衝撃を忘れ次期総裁選報道に狂奔する現在の言論のあり方にも通じている。  まったく同感である。小泉時代から、日本の政治意識は大きく狂った。小泉の郵政選挙の際のマスコミの熱狂は、とても忘れられない。その先頭に「朝日新聞」がいたことを、私は決して忘れない。  今、安倍辞任の責任を追及するマスコミはなく、ひたすら次期総裁選の報道に明け暮れているマスコミの醜態を見るにつけ、小泉選挙におけるあのマスコミの熱狂を思い出すのだ。アベ政権の政権投げ出しの原因に、小泉郵政選挙における自公の絶対的勝利があり、その選挙を支えたマスコミの熱狂がある。マスコミは、未だ反省なしである。  今週号の『週刊ダイヤモンド』は“新聞没落”を特集しているが、高給取り社員の「朝日新聞」を「会社の論調は左派で、反権力、弱者の味方を標榜している」などと書いている。(55頁)「朝日…

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【本】福田ますみ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮社)

 本の帯に、「保護者の虚言が「史上最悪」のいじめ教師を生んだ」、「親の言いなりになる学校、盲信するマスコミ、医師、550人もの大弁護団・・・・病める教育現場で起こった驚愕の冤罪劇!」とある。  実を言うと、私はこの本を読むまで、この事件を知らなかった。有田芳生のブログを読んでいてこの本が紹介されていたので購入して読んでみたのである。  読んでいて、まずこの事件を総体としてみたとき、もっとも責任の重いのはマスコミであると思った。おそらく本書の著者もそのような感想をもったであろう。この事件を報道した記者に関しては実名で記している。私もその記者名をここに記載しておきたい。 朝日新聞=市川雄輝、西日本新聞=野中貴子、週刊文春=西岡研介、毎日新聞=栗田亨  私は、記者個人は何をどのように書くか、ということについての決定権をもっていると考えている。もちろん、先輩記者に記事の書き方や取材における過不足についてなどいろいろ指導されることとは思う。しかし、その指導している者は、よほど大きな事件でないと事件の全容について知ることはない。したがって、記者個人には、何をどのように書くかという自由裁量が保障されているが故に、それに伴う責任を有していると思う。  今回の事件に関する報道のあり方は、基本的に、教師批判という一つの時流に乗ったマスコミ人が、予断と偏見を持って取材したこと、したがって本来するべきであった周辺の当事者以外の人々(直接的な利害関係を持たない人々)からの取材を怠ったことから発していると思われる。 …

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「朝日」の「社説」はいらない?

 今日の「朝日新聞」の社説は、沖縄知事選についてである。  「沖縄知事選 「普天間」が問われる」をテーマにしたものだが、「何、これ」という感じである。何の主張もない。双方の立場を説明して、最後は「投票日の今月19日、沖縄は複雑に絡み合った重い選択を迫られる。」で終わる。社説というのは、社としてどう考えるかを論じるものであろう。『広辞苑』では、「社説」を「新聞・雑誌などに、その社の主張として掲げる論説」と説明している。朝日の社説には、その「社の主張」がない。「主張」は社外の知識人などに書かせ、社としては「当たり障りのないこと」を書くというのが、「朝日」の姿勢。ジャーナリズムとしての矜持を捨ててしまっている。  「ジャーナリスト宣言」をださないと、ジャーナリストとしての仕事ができなくなったというのが、「朝日」の本当のところだろう。  沖縄県知事選が告示され、激しい選挙戦が始まった。  「反自公」が支援する糸数慶子氏と、「自公」が推す仲井真弘多氏による事実上の一騎打ちである。  糸数氏は米軍基地や戦跡で戦争の悲惨さを伝える平和ガイドの先駆けから、県議を経て2年前、参院議員になった。  仲井真氏は元通産官僚で、沖縄電力の社長や会長、県商工会議所連合会長などを務めた。  最大の争点は、米軍普天間飛行場の移設問題だ。この飛行場は住宅地にあって危険なため、撤去することが10年前、日米両政府で決まった。しかし、沖縄県や受け入れ先の住民らとの調整がつかず、なおも混迷が続…

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コーゾーカイカク

 コーゾーカイカク。政府もアメリカもマスコミも、コーゾーカイカクはすすめなければならない、と言いつづけている。コーゾーカイカクは、「錦の御旗」なのか。水戸黄門の印籠なのか。 コーゾーカイカクを進めていると、いろいろ出てくる。耐震強度偽装問題、ライブドア事件・・・。マスコミなどは、これらはコーゾーカイカクの枝葉末節の事件であるかのようにとらえる。だが私は、これらの事件はコーゾーカイカクの本道にあるのだと考えている。   大体にして、昨年8 月30日、竹中平蔵氏は広島6区の選挙応援で、「小泉、ホリエモン、竹中で改革をやり遂げる」と演説したではないか。  コーゾーカイカクそのものをしっかりと捉え、そこから出てきている問題を直視すべきである。  本日の『中日新聞』の社説は、  資本主義は一面、人の欲望を刺激することで成り立っています。欲望にはきりがありませんから、そこには「歯止め」が必要不可欠です。  西欧では、資本主義とキリスト教の教えが表裏一体になり、行き過ぎを防いできました。  日本では、自らを律する規範として、商家には「家訓」があり、武士には「武士道」、庶民も人生訓や処世訓を伝えてきました。  「お天道様がみている」「悪銭身に付かず」「過ぎたるは及ばざるがごとし」…。  いまや、こうした長年の知恵の集積である「歯止め」が利かなくなりつつあります。偽装やライブドアはその象徴です。  政治は公平、公正を保つため、はみ出した部分にブレーキをかけるのが役割ですが、昨年の総選…

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対抗的な言論状況を!!

「それにしても、小泉首相はこれまで見たこともない型の指導者だ。「郵便局は公務員でなければできないのか」「民間にできることは民間に」。単純だが響きのいいフレーズの繰り返しは、音楽のように、聴く人の気分を高揚させる。 」という文が、『朝日新聞』9月11日の社説に載せられてしまうという事態に、現在の社会の深刻さが現れていると思う。 テレビにしても、新聞(『日刊ゲンダイ』を除く)にしても、マスメディアのすべてが権力の走狗になってしまっている現実に対して、どう対応していくかを私たちは考えなければならない。 これから、増税、改憲など、今までできなかったことを次々と小泉政権は推進していくことだろう。4年間、衆議院の解散はない。たとえ参議院選挙で、自民・公明両党が敗退しても、衆議院で三分の二を彼らは保持している。参議院の役割は弱体化してしまった。  また改憲など、民主党も推進派である。  これに反対する勢力は、どのように運動を展開していくのか。少なくとも、現在のように権力に都合の良い、あるいは権力にとってもどうでもよい多量の情報が流されているとき、それに抗する情報を、出来うる限り多くの人々に伝えていかなければならない。  今こそ、この現実に納得できないという人々が、自ら「情報塔」になるべき時である。そのためには、しっかりと対抗的な情報を獲得するための「勉強」をしなければならない。  1880年代、自由民権運動がこの日本を席捲したとき、全国に学習結社があった。あるいは…

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財界と自民党との癒着は「批判」しないのか!

 今回の選挙で、財界(経団連)が小泉自民党を支援した。「従米」の政治家・小泉を支持するのは、トヨタの奥田会長なら当然である。アメリカでしこたま儲けさせて貰っているのだから、アメリカを支えなければならない。  下記の記事は東京新聞のものである。 http://www.tokyo-np.co.jp/00/sei/20050825/mng_____sei_____004.shtml 経団連は『自民支持』  日本経団連は二十四日、九月十一日投開票の衆院選で、小泉純一郎首相が進める構造改革を支援するため、自民党支持を公式に表明する方針を固めた。三十日の公示日をめどに、奥田碩会長が記者会見や声明などの形で明らかにする。支持表明を受け経団連会員企業に選挙協力を要請。各企業は政治献金の増額も含めた支援を検討する。  経団連によると、衆院選で自民党支持を公式表明するのは、自民党が分裂し、衆院選の結果、自民、社会両党を軸とした「五五年体制」が崩壊した一九九三年以来初めて。  民主党の台頭によって、政権選択が可能になったことから、経団連として自民党の政策への支持を明確にする必要があると判断した。  経団連は二〇〇四年一月に約十年ぶりに政治献金への関与を復活させ、政策本位の政治実現を目標の一つに掲げていた。  今回の衆院選で自民党は郵政民営化を最大の争点と位置付け、改革路線の継続を打ち出していることから、経団連の会長、副会長ら幹部は「政策本位の選挙で進むべき方向が問われており(…

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何様だと思っているんだ!!

 ファッショ的な雰囲気がでてきたようだ。  自民党は小泉党となる。自民党議員は小泉にひれ伏し、「御説ごもっとも」と己をむなしくし、意見や反対を差し挟むことなく唯々諾々と従っていくことだろう。  そして民主党は、自民党よりさらに「右」の改革を提案することにより、日本を「小さな政府」(アメリカの弱者切り捨ての社会!!)に「改革」し、アメリカと共に軍事行動を展開していくことだろう。  『中日新聞』今日の社説は、「おごらず、恐れず」である。得票率から「(自民党の)圧勝は圧倒的支持ではない」ことを指摘し、他方で「異論許さぬ政治の気配」が出てきているという。  社説で自民党や、小泉を批判すると「何様だと思っているんだ」というメールが寄せられるのだというのだ。  このことばは、最近よく目にする。高遠さんらがイラクで武装集団に拉致されたときにも、その家族にこの言葉が投げつけられた。北朝鮮に拉致された家族をもつ「家族会」が政府を批判したときにも投げつけられた。  政府や自民党を批判すると、このような無意味な、おそらく匿名による感情的なことばが投げつけられる。議論を求めるのではない、問答無用のことばである。「お上にたてつくな」ということなのだろう。  中日新聞社説は、「ファシズムを懸念する」とし、「自分たちが沈黙し、政治権力に迎合するだけになったら、この国は疑いもなくあのかつてたどった道に戻る、と。そりゃ、まずいな、と。」「肝に銘じている」と書く。  マスメディアが後押…

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都市が田舎を棄てる!?(静岡第一テレビ ドキュメント静岡をみて)

 静岡7区の選挙は、郵政民営化法案に反対した城内実氏と、小泉政権からファッショ的に送られてきた刺客・片山さつき氏、そして民主党との3人の争いであった。その争いを制したのは、片山氏であった。浜松市の都市部の票が、片山氏を勝たせたようだ。  私は、城内氏がどこで生まれどこで育ったかは知らない。しかし、彼はこの選挙区(静岡7区は浜松市の西北部。つい最近浜松市に合併された山村部の小町村を含む)から選ばれたものとして、地域にとって何が大切かを訴えていたと思う。彼は「官から民へ」という政策が推進されれば、山村は確実に切り捨てられると演説していた。  山村の郵便局では毎日歩いて配達している人々がいる。山村では、金融機関は郵便局だけだ。山村は、高齢化率がきわめて高い。山村では、林業などの経済も低迷している。  しかしそれでも人々がそこに生き生活しているが故に、日本の国土は守られている。  最近の市町村合併も、地方切り捨ての政策である。都市が周辺の小町村を呑み込む。小町村から役場や出張所が消え、それぞれの地域の利害を代弁する議員の数もほとんどいなくなる。都市と合併しても、人口比率から、山村からは議員がでない。地域はさびれていく。  この姿は既視である。というのも静岡市の北西部に井川というところがある。大井川に沿った地域で井川ダムがあるところだ。1960年代末に静岡市と合併したが、その後はさびれる一方である。しかし井川地区の声を代弁する人はいない。  現在、田舎を切り捨てていくという政…

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『朝日』は小泉路線が好き!?

 『朝日新聞』今日の社説を読んでいて、ひょっとしたら、『朝日』は、小泉首相の続投を願っているのではないかという印象を受けた。私の深読みかもしれないが、 『朝日』は小泉政権の「改革」(私は、「改革」ではなくて「改悪」だと考えている)を肯定し、さらに「改革」をすすめてほしいと思っているような内容なのだ。もちろん、そうではないという考えもあるかもしれないが、私はそう読んだ。少なくとも、「小泉路線」を是としていることだけは確かだ。  下に掲げたのは、9月6日の社説の一部である。判断は社説全体を読んで下していただきたい。 (前略)  首相の任期延長論もささやかれる。来年9月の党総裁の任期切れとともに退陣すると公言する首相だが、ここで圧勝すれば、党則を改めて首相の座にとどまるのが筋ではないかという理屈だ。  しかし、小泉首相は「断じてない」と延長論をきっぱり否定している。      (中略) 首相は「後を引き継いだ方が、党のいまの公約に基づいてやってくれる」と党首討論会で語った。小泉路線は継続されるというのだ。 朝日新聞とのインタビューでは「かつてのように、党の部会や調査会が論議を積み重ね、派閥の言うことを聞かないと閣僚人事もできないようなことで、(次の選挙で)自民党が勝てるのか」と、旧来型の自民党政治へ逆戻りすることはないと自信を見せた。  だが、本当にそうなのか。既得権益に切り込むような改革は続くのか。今回、首相は確かに郵政族の影響力を退けた。だが、党内を見渡せば、道路族…

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郵政民営化の議論

 いろいろ政府与党の皆さんやマスコミは、郵政民営化が実現すると、すべての経済問題は解決するかのような議論をされています。  郵政民営化すると経済が活発化して税収が増えて・・・・・  郵便事業はこのままだと衰退する・・・・・    いろいろな説明がなされています。それについての詳しい議論が、国会議事録をつかって紹介されているサイトを発見しました。  それは、 http://www.geocities.jp/dokodemodoa_jp/new_page_4.htm  です。    ところで、郵政民営化がアメリカの要望であることについてだけは、なぜか政府与党はムキになって否定しますね。マスコミも・・・8月31日のあの古館さんもすごい剣幕でしたが・・・なぜでしょうか? ちなみに古館さんについては、あの日から顔を見ないようにしています。

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政治アピールのうまさ ワンフレーズで

 多くの人々は、新聞の政治面など丁寧に読まない。見出しを見ていくだけだ。その見出しが、従って大きな役割を果たす。人々は忙しいのかどうか、ともかく新聞に多くの時間を割かないから、見出しが勝負なのである。見出しがまず世論をつくる。  朝日新聞は、何らかの世論づくりをするために各支局に命令を下す。「・・・・・という事実があったら本社にあげろ!」と。一種の行政命令である。たとえば朝日新聞が、反核の世論づくりを考える、各支局からそれに関する様々な動きがあげられる、それが記事となってあちこちの紙面を飾る、そうすると全国で反核運動が繰り広げられていることが報じられ(もちろん見出しにもそれが多く現れる)、そういう世論がつくりだされる。  テレビの場合は、どういうカットが放映されるかである。カメラをずっとまわしてたくさん撮っているが、しかし放映するのはほんの一部である。その一部に、ナレーションなどが入り、茶の間に送られる。編集により、イメージは大きく変わる。特に、テレビの場合は、それぞれのカットが短いので、ほんの短い時間にどんな“ワンフレーズ”を語るか、あるいは切り取るかが勝負である。そこに編集者の主観が入り込む。  したがってテレビ時代の政治的アピールは、短くわかりやすく、見出しに使用されるようなフレーズをつくりださなければいけない。それはでたらめでも、嘘でもよい(ヒトラーの時代からそれは活用された。ラジオや演説で多用され、良い結果がだされたことは周知のことである。そしてそれは今の選挙でも堂々と活用され…

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マスコミの戦略成功しつつあり

読売新聞の世論調査によると、テレビの視聴時間が多いほど自民党支持、刺客派遣策の支持が多いという。(8月27日) 平日1日当たりのテレビ視聴時間と、投票したい政党との関係では、視聴時間が長いほど自民党の割合が高い。「3時間以上」の層の57%が自民党と答えた。「30分未満」は、民主党が34%で、自民党の32%を上回った。  小泉首相が郵政民営化関連法案に反対した前議員を公認せず、その選挙区に対抗馬を擁立したことは、68%が支持した。  テレビ視聴時間が1日「30分未満」の層は支持、不支持が各50%で、「3時間以上」は72%が支持した。長時間視聴者は、自民党の「刺客作戦」がお気に入りのようだ。  マスコミは、選挙後に小泉首相から感謝されるだろう。  アメリカに尾を振るポチのまわりに、ポチたちが頭をさげてやってくる。  

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首相番記者の優雅な取材

 首相にぴったりとはりついている記者の一群がいる。各マスコミ(新聞、テレビ、通信社)から記者が派遣され、四六時中首相にくっついている。首相が動けば同じように動く。  この前、浜松駅前で小泉首相の街頭演説が行われた。首相を一目でも見ようという多くのひとびとがケータイを首相に向けながら集まっていた。  街頭演説用の選挙カーのまわりは押し合いへし合いという状況であった。地元のテレビ局も、取材位置を探しあぐねていた。しかしその選挙カーの前の一等席に空間があった。その空間には、地元のマスコミも入れなかった。  ところが、一台のバスからぞろぞろと記者が降り、その一等席に並んだ。その空間は、首相番記者のものであった。  首相の街頭演説が終わると、彼らは仲良くバスに乗り込み、次の遊説地へと去っていった。  その首相番記者たちが、首相の言動を書く、あるいは映し、語る。常に首相と共に行動し、特権的な位置で取材する。  こういう人たちに、客観的で公平な記事が書けるのだろうか。  首相にぶらさがりながら取材する特権的なマスコミ関係者のフィルターを通して描かれたものを、私たちは見、聞き、読む。  私たち自身に、批判的な精神が求められるゆえんである。

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国民統合の手段としてのマスコミ

 ずっと以前からマスコミの批判的精神の欠如が指摘されていた。しかし、政治改革という問題が出てきた頃から、マスコミは政府の代弁者となった。批判的精神の有無などのレベルではない。実際様々な政策をうちだす審議会などに、大手マスコミの代表者が参加するようになり、マスコミは政策をうちだす政府の側に立っているのである。  しかしそればかり報道すると販売にも影響するので、いわゆる識者という人々に、反対の意見を申し訳程度に書かせる。少し中和させようと考えているのであろうが、しかし多くの記事は政府側であるから、中和にはほど遠いのである。  ニュースキャスターも然り。自分自身の発言を批判されると、助け船を政府与党に求めるという醜態が、テレビ朝日の報道ステーションという番組で古館により演じられていた(8月31日)。放送というものは、公平中立でなければならないはずであるが、もうそういったものをかなぐり捨てている。醜いとしか言いようがない。  マスコミは、今や国民統合の手段になりはてている。そのなかでもテレビはその尖兵の役割を果たしている。  ジャーナリズムの臨終は近い。

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紹介:経済コラムマガジン(その2)

 某テレビ局が行った世論調査によれば、小泉自民党の郵政民営化を「改革」、すなわち「良いことだ」と見ている人が多いそうだ。「小泉改革」つまり「小泉改悪」を肯定的にとらえている。それはテレビなどマスコミがバックアップしているからであり、それだけでなく広告代理店がついている小泉自民党の扇動に、私たちが十分反撃できていないからである。 国民新党・新党日本が政党として認められ、少しではあるがテレビなどで発言する機会を得ている。新党のメンバーは既成の政党とは全く違う観点から重要な発言を行っている。報道2001に出演した亀井国民新党幹事長は「国の債務が730兆円と言っても、一方には480兆円の金融資産があり、純債務は250兆円ほどである。これはGDPの50%くらいになるが、この水準は先進国の中では平均的である。重要なことは財政、債務、資産のバランスを見ながら政策を行ってゆくことである。」と正論を吐いた。この話は本誌も何回も触れた話である。ところが司会の黒岩氏は、このような本質的な話が飛出しているのにもかかわらず、話題を変えてしまった。 27日読売テレビ系ウェークアップで国民新党副代表の紺屋典子氏が出演し「公的年金には、積立金の他に80兆円の隠し剰余金がある」とバラした。本誌も日本の公的積立金が197兆円と他国に見られないほど巨額なことを指摘してきた。日本経済のデフレ体質の原因は過剰貯蓄であり、突出して大きい日本の公的年金の積立金は、この大きな要因になっている。つまりこの巨額な積立金の他に、さらに…

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マスコミの小泉支援の背景

小泉首相の「人気」が高いことについて、立花隆氏の主張は、以下の通り。 つまりマスコミ記者が「無能」であるからだ。 http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/tachibana/media/050811_kaigai/index1.html 小泉人気を支える主たる要因ははっきりしている。小泉首相がメディアをいちばん巧みに利用している政治家だからである。日本のありとあらゆる政治家の中で、小泉首相ほどメディア露出度の高い政治家はいない。 毎日テレビにかこまれて、自分勝手な自己宣伝をすることが自由に許されるとしたら、誰だって、相当の支持を集めることができる。 小泉首相は毎日の記者会見の場に出てくるのに、各紙とも、ついこの間まで、ろくに質問らしい質問もできずに、ただマイクを突き出だすだけの、駆けだし記者ばかりだった(最近はある程度質問ができる記者もまじっている)。 アメリカのCNNでよくナマ放送で報じられる大統領記者会見の場を見たことがある人はみな知っているように、国家の長の記者会見の場は、通常、国会(議会)よりも激しい、国家の長の追及の場になるのが普通である。しかし、しばらく前までの小泉首相の毎日の会見は、ほとんど「お前はアホか?」といいたくなるような愚劣な質問しかできない記者ばかりだった。小泉首相はそれをいいことに芝居気たっぷりの自己宣伝を毎日繰り返してきた。 小泉人気が落ちないのも道理である。

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田中康夫の登場を歓迎する

 マスコミによる郵政民営化促進の大宣伝に、強力な反論をする田中康夫のマスコミへの登場を積極的に受け入れたい。今マスコミは、歩調をあわせて小泉を支援している。  テレビを見ていると、田中は小泉支持側のマスコミ関係者に大胆に反論する。今は、そのような大胆な反論が求められている。  田中のような、きちんとした根拠に基づく強い反論が、日本に必要だ。だから私は、歓迎する。    しかしなぜテレビに出る人々は、小泉の、“幻想”でしかない「改革」を盲目的に信じているのか?  官僚の天下りをなくすとかの改革をしなければならない、というのならわかる。しかし今行われている「改革」は、官僚を喜ばせるような内容になっているではないか。大学の独立行政法人化を見てほしい。官僚の天下り禁止法のようなものには手をつけず、アメリカが喜ぶような「改革」だけでよいのか。  

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『朝日』が使用した太字の箇所!

 今日、『朝日新聞』の第2社会面を見て驚いた。記事中に太字が使用されているのだ。記事中に太字が使用されることはあまりない。この日の新聞で、見出しではなく記事中に太字が使用されているのは、ここだけである。  その太字は、小泉首相最初の街頭演説の内容である。首相の演説を三カ所掲載しているが、それがすべて太字なのである。これは目につく。小泉首相の常日頃の主張そのままが載せられている。  書いた記者が指示したのか、それとも整理部記者がそうしたのかはわからないが、『朝日』の姿勢を示していて興味深いものであった。  最近、マスコミの「公正中立」は、ぶっ壊されたようだ。今は、何でもぶっ壊す時代である、それがなぜか人気がある。  みんなで渡ればこわくない、というのか。しかしこれは70年ほど前の光景でもある。

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テレビ朝日の小泉支援劇(小泉政治の特徴その3)

 テレビ朝日は、過激に小泉(その政治)を支援するべく、大奮闘している。  なるほど、森田氏が 「米国通の友人H氏から、『ウォールストリート・ジャーナル』2005年8月8日号のインターネット版記事の一部が送られてきた。 『ウォールストリート・ジャーナル』は「郵政民営化法案は廃案となったが、これは手取りの時期が少し延びたに過ぎない。ほんの少し待てば、われわれは3兆ドルを手に入れることができる」との見方を述べている。  3兆ドルとは、国民が郵政公社に預けている350兆円のことである。ウォール街は、9月11日の総選挙で小泉首相が勝利し、総選挙後の特別国会で郵政法案を再提出し、成立させると信じているようである。  H氏によると、これを確実にするため、ウォール街は、多額の広告費を日本に投入し、日本のテレビを動員して、日本国民をマインドコントロールして、小泉首相を大勝利させる方向に動いている。  「多額の広告費はどのくらいか?」と聞くと、「とにかくケタ違いの金額のようだ。いままで投入した広告費の10倍を投入してもかまわない、と考えている。350兆円を得るために、その1~2%を使ってもよいと考えているようです。すでにテレビ朝日とテレビ東京は、小泉勝利のためにテレビ局の総力をあげることになった、といわれています。」  と指摘するのも無理はない。新聞も小泉が「改革」といえば、その「改革」は「肯定すべきもの」と捉えるようだ。中味の検討はあまりしない。「民営化」についても同様である。   「民営…

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テレビの報道と小泉改革(小泉政治の特徴その2)

 ワイドショーを見ていると、なるほどテレビ局は小泉首相を好きなんだなあと思わざるを得ない。「人間・小泉」というように、小泉首相にシンパシーを与えるような番組のつくりかたがほとんどだ。 テレビ朝日の昼のワイドショーは、幼い頃の写真を出したり、側近の山本太一参議院議員を出したり、小泉に対する支援活動をしているとしか見えない。こういうマスコミの姿勢でよいのだろうか。  小泉政権が行った「改革」を脳天気に良いことだとして報道している。きちんと検証してきたのか。  例えば国立大学、今は独立行政法人である。しかし完全に民間ではない。国家からのカネがないと運営できない。そこで、どこの大学も文部科学省からの「天下り」を受け入れて、「太いパイプ」をもつことに努力した。「「官」の力を弱めることが私の改革」と言っていたのではなかったか。しかし、実際は、今まで以上に「官」が強くなり、天下り先を増やしている。そして、それぞれの大学の自主性に任すといいながら、実際にはカネで大学を牛耳ろうとしている。  今年、独立行政法人の大学経費は上がらなかったところはあるか。自主的にあげた、といわれるだろうが、そのようにしなければならない事態に追い込まれたのである。  「官僚が悪いから仕方がない、小泉が悪いのではない」と弁護する人もいるだろう。政治は結果責任である。また一事が万事であるから、もう弁護は成り立たないだろう。  小泉の「改革」は口先だけで、内容をきちんと検討すると、結果はすべて逆になっている。独立行政法人の…

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過去の言説 内村鑑三から考える

 日本近代の思想家の文章を読むと、現代にも通じる素晴らしい言説に出会うことがある。しかしそれを読むにつけ、それらがほとんど社会的な認識になっていない、実現していないことに気づくのである。田中正造、中江兆民、吉野作造・・・・・・支配的思想や現実との格闘によって生まれた様々な言説は、地下深く眠っているようだ。だが、それらを再生させていくのも、私たちの仕事になる。  さて、今日は内村鑑三の言説を紹介する(『よろづ短言』警醒社 1908年)。  日本今日の新聞紙の無勢力といふものは実に言語道断である、之に誉められたたればとて別に名誉でもなく又之に罵られたればとて別に恥辱でもない、今の日本の新聞紙の記事なるものは之を雲烟過眼視するも少しも差支えのないものである。  事の茲に至りし重なる原因は社会全体の腐敗であることは言ふまでもない、今や恥は恥でなくなり、名誉は名誉でなくなった、人の面の皮は象の皮だけそれだけ厚くなり、赤面とか、良心の詰責であるとか云ふ事は今は殆ど此君子国から跡を絶つに至った。日本の今日の社会は丁度泥棒の社会と同然であって、之に誉められるのは反て不名誉で恥辱であって、之に憎まれるのは反て名誉であるようになった、世界開闢以来羅馬帝国滅亡以前を除いては、日本の今日ほど社会の腐った事はなからふと思ふ。  然し新聞紙の無勢力なるものは他にも原因がある、罵られたる社会が悪い計りで新聞紙の記事に斯くも勢力が無いのではない、新聞記者彼等自身も此事に就ては大に責任があると思ふ、彼等は実…

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