NHKの「戦争証言」

 1945年に終わった戦争とはいかなるものであったか、実際に戦場に臨んだ元兵士たちの証言を見、聞くことが出来る。  http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/  戦争の証言を、私も聞いたことがある。ずっと胸にしまい込んで、しかしいつも心の中から飛び出しそうになっていた戦場の記憶。戦場の記憶が、元兵士を苦しめる。苦しいからこそ話さなかった。しかし年齢を重ね、今話さないと永久に消えてしまう、ということから、元兵士たちがあちこちで話し始めている。  NHKが放映した元兵士の証言を、そのまま見、聞くことが出来る。10月12日まで、自由に見ることが出来るそうだ。是非見てほしい。  もちろん、自らの体験をまったく正確に記憶していることはありえない。様々な体験が入り乱れて、いろいろな体験が分離されたり、あるいは異なる時期の体験が結合したりしているだろう。私たちの日常を想起したときも、同じようなことがある。  しかし、そこには戦場の真実、兵士の真実がある。  もちろん記憶を語るそのことばを忠実に再現すると、そんなことはありえないだろうということもある。矛盾した内容もあるだろう。でもその証言の中からでもある程度の事実をつかみ出すことは可能である。他の歴史資料(防衛研究所などにある史料など)や文献などを駆使すれば、ある程度明らかに出来る。それは私の経験から断言できる。  証言を大切にすることだ。少しの記憶違いでも、すぐそれは事実ではないと、突っ込…

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【本】保阪正康『最強軍団の宿命』(毎日新聞社)

 歴史研究者のY氏が、昨年出た本のなかから推薦する本としてあげたものだ。私は、あまりよい本とは思えなかった。何を期待して読むかということが、その本の読後の感想に影響を与えるが、これを戦争に関するエッセイと思えば評価はまた変わる。  私も、日本軍についていろいろ勉強したり、文章も書いている。評価が低いのはそのせいかもしれない。ともかく、この本は「最強軍団」の歴史を正面から取りあげたものではなく、その周辺について書いたものだ。おそらく「毎日新聞」(あるいは『サンデー毎日』)にでも連載したのだろう。だから文章が緻密ではなく、繰り返しも多い。  そのなかからいくつかを取り出してみよう。  まず保阪氏は、日本の戦争指導について、三点を指摘している。一つは、「出たとこ勝負という調子で具体的な戦略がない」、第二に、「戦場で戦う兵士のことなどほとんど考慮されていない」、第三に「戦略がないから補給などのプランが練られておらず、兵士たちは戦備や食糧もなく、ただひたすらにジャングルのなかを逃げ回る状態だった」、である。  これがガダルカナル戦に関してのものであるが、基本的には多くの戦闘に共通するものだ。牟田口廉也のインパール作戦といい、ポートモレスビーへの進軍といい、中央にいる戦争指導者は、無謀な戦闘を兵士に強いていた。おそらく指揮官としての能力がないのだろうが、そういう人たちが実際の指導を行ってしまった。この本でも指摘されている服部卓四郎、辻政信なんかその典型だろう。こういう人物が指導した戦争…

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水木しげる  「戦争と平和」

 Japan Focus というサイトがある。こういうサイトがあることを知らなかったのだが、最近刊行された『属国』という本は、このサイトに書いものをまとめたのだそうだ。早速そのサイトに直行し、あたらしい論文が発表されたらその情報を送ってもらうようにした。  早速送られてきたのが、下記の論文である。漫画家水木しげるについては、「ゲゲゲの鬼太郎」くらいしか読んではいない。水木が戦争に関する漫画を多く発表していることは知っていたが、こういう視点の定まったものを書いているとは知らなかった。この論文のあとに、水木の「戦争と日本」(War and Japan)が掲載されている。おそらく「戦争と日本」の一部であろうが、英文に翻訳されたものだ(絵はもちろん水木)。   Matthew Penney War and Japan: The Non-Fiction Manga of Mizuki Shigeru   http://japanfocus.org/  そこには、水木の、事実に基づいた戦争認識が描かれている。  たとえば、 In the past , Japanese learned a lot from China and Korea After winning the Sino-Japanese and Russo-Japanese Wars ,however, they took to the idea that Japan was one of the "Th…

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暑い夏に考える平和

 今日の『中日新聞』には、品川正治氏(経済同友会終身幹事)と鈴木邦夫氏(新右翼「一水会顧問)との対談が、2ページにわたって収載されていた。  対談の小見出しをあげると、「戦争を見るのは兵隊の立場から」、「日中戦争支えた一種の侮蔑観」、「自民目指す米国の傭兵化」、「愛国心の言葉はなくせばいい」である。  品川氏は一兵士として従軍した。だから「戦争を見るときは兵隊の立場で見てほしい」というのだ。日本の軍隊はすさまじい階級社会であった。日本軍の軍隊内部は暴力が支配する世界であったことは、すでに周知のことである。「敵」とされた人々に対してだけでなく、日本軍の暴力は軍隊内部にもふるわれていた。だからこそ、レイテで沈められた戦艦武蔵の生き残りであった渡辺清は、軍隊内部の暴力を、ふつうの人間の精神を麻痺させるためにおこなわれた人間改造の手段であったと記したのである。  一兵卒として従軍した品川氏は、だからこそ日本国憲法を見たときに泣いたというのだ。もう戦争をしなくてよいと憲法で決めてくれた、と。  品川氏は、「当時の日本には、中国人なら殺してもいいんだというような感覚があった」という。「一種の侮蔑観」。私も同感である。中国を蔑視したそのことが、日本の政策、軍事的な戦略・戦術を誤らせたと思っている。  日本人は、今でも西欧に対する劣等感、非西欧にたいする優越感を抱いているように思う。日本の対米従属的な外交、軍事はその現れではないかと思う。  鈴木氏は対談の中で三島由紀夫を取り出…

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イラク侵略

 アメリカは、イラクへの侵略戦争で3500人の兵士を失ったという。  2007年6月4日の「中日新聞」夕刊の「海外社会面」に「泣き伏す」という写真があった。アーリントン墓地で、おそらくイラクで亡くなったであろう兵士の墓が建ち並ぶなか、一つの墓の前で一人の女性が、それこそ泣き伏している。裸足になって、体をその墓にあずけるようなかたちで、彼女は泣き伏す。彼女の婚約者は、今年の2月に亡くなったという。  彼女の近くにペットボトルがおいてある。長時間、ここにずっと同じ姿勢でいたであろうことがうかがわれる。  彼女は、過ぎ去って、永遠に帰ってこない二人の思い出を紡いでいるのかもしれない。  一人の若者の死が、生きている者を苦しめる。アメリカ軍の兵士は、侵略の担い手にされてはいるが、ひとりひとりは普通の若者である。戦争とは、戦争を起こし、命令する人は死なずに、命令された市井の人々が死んでいく。  この写真に写っている女性だけではなく、ほとんど報道されないが、イラクで次々と殺され、死んでいく人たちのまわりでも、多くの人が泣き伏していることだろう。  ブッシュが起こした戦争で、いったい何人の人間の命が奪われ、何人の人が悲しみに泣き伏すのだろう。  今、戦争の真の姿、殺し殺される戦場の姿が、かくされている。だからこそ、私たちは戦争の真の姿を思い起こさなければならない。  戦争で死ぬということの残酷さ、それは例えば渡辺清の『戦艦武蔵の最期』(朝日新聞社)を読めばいい。そこに戦争…

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“出口のない海”を観た

 老母が市川海老蔵のファンのため、妻、老母と共に「出口のない海」をみた。回天特攻隊員が瀬戸内海での練習中に事故でなくなったという兵士の話である。以前東京帝大出身の和田稔が書いた『わだつみのこえ消えることなく 回天特攻隊員の手記』(筑摩書房)を読んだことがあるが、和田も事故で亡くなっている。  映画を観るまで、おそらく主人公が「国のため敵艦にぶつかって玉砕する」というものを予想した。しかしそうではなく、死ぬことの懐疑、生きたいという本音なども描かれていた。また台詞の中に「敵を見たことあるか」という問いがあった。三浦友和演じる父の台詞だ。父にはアメリカ人の知り合いがいた。国籍が異なっても、個人的に人間と人間とは仲良くなれることを示唆した言葉だ。しかし戦争がおこると、ただ国籍が異なるというそれだけで殺し合いとなる。レマルクの『西部戦線異状なし』にも、戦闘のあと斃れている「敵」の戦死者をみて、「戦争がなかったら友人になっていたかもしれない」ということばがあった。  日本の戦争は、人命を軽視した点で際だっているといわれる。海上護衛を軽視した結果、多くの兵員を輸送船と共に海に沈めた(この点については大井篤『海上護衛』参照)。零戦も、航続距離を長くし、小回りができるように、パイロットの生命を守ることを軽視した。なぜ魚雷ではなく、回天なのか、という疑問も湧く。日本兵の多くは、兵站軽視による餓死、あるいは栄養失調から生じる病でなくなった者が多いという。  戦死を凝視すると、戦争の別の相が現れる。  …

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ねつ造された開戦理由

 昨日の『中日新聞』夕刊。イラクフセイン政権とアルカイダは無関係であったという報告書を、アメリカ上院情報特別委員会が公表したという記事があった。  上院情報特別委員会は八日、イラク攻撃の理由になった、旧フセイン政権と国際テロ組織アルカイダの関係を裏付ける証拠はないとの報告書を公表した。ブッシュ政権は、米中枢同時テロ事件を首謀したとされるアルカイダとイラクとの関係を主張していたが、これをあらためて否定、十一月の中間選挙を前にイラク政策の正当性を訴えるブッシュ政権には大打撃となる。  報告書は、サダム・フセイン元大統領と、アルカイダを率いたウサマ・ビンラディン容疑者との関係について、旧政権の元閣僚の米連邦捜査局(FBI)に対する証言を引用し、「フセイン元大統領はビンラディン容疑者に対し、否定的な思いしか表明していなかった」と指摘。  フセイン元大統領は、アルカイダを自分の政権にとってむしろ脅威だと感じ、信用していなかったとの見方も示した。  また、ビンラディン容疑者に忠誠を誓い、「イラク聖戦アルカイダ組織」を率いたザルカウィ容疑者(今年六月死亡)がイラクに潜伏していた二〇〇二年当時、旧フセイン政権はとらえようとし、かくまったりなどはしなかったと分析。  ブッシュ政権はザルカウィ容疑者がイラクにいたことなどを証拠に、旧フセイン政権とアルカイダのつながりを主張していたが、報告書はこれを否定し、「旧フセイン政権とザルカウィ容疑者との関係はない」と結論付けた。  米中枢…

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【本】島本慈子『戦争で、死ぬということ』(岩波新書)

 いずれにせよ、最近は男性のみならず女性の間でも、戦争への抵抗感が薄れてきていることは間違いない。・・・・いまはまだ局所的にではあるが、戦争応援団の再生がはじまっている。(136頁)  最近の韓国、北朝鮮、中国に対する勇ましい発言を聞いたりしていると、本当に戦争をしたいのか、と思ってしまう、そういうときがある。  そんなとき、「あなたは本当に戦場へ行くつもりですか」と聞きたくなるのだが、しかし戦場の姿というものは、今はほとんど見えない。『DAYS JAPAN』を読んでいるなら別だが、戦場の残酷な場面は、マスメディアにはほとんど現れない。戦場というものが、そして戦争で死傷することがいかにむごいものであるかを知る機会はない。  だが戦場は、本当に残酷で、悲惨で、悲しくて、死臭に充ち満ちていて、そして痛くて苦しい。私は以前にも記したが、戦争体験者(もと兵士も含む)や被害者などから話を聞いたりしているから、それが何とか想像できる。しかしその想像も、おそらく戦場の現実のわずかな場面なのだろう。  歴史学者の故黒羽清隆氏は、15年戦争の様々な実相を、戦争短歌や詳細な軍事知識をもとにして描いた本があった。『日中15年戦争史』(上・中・下)(教育社歴史新書)や『日中15年戦争史序説』(三省堂)などがそれである。それらを読むだけでも、戦場の現実の一端がみえた。しかし残念ながらこれらの本は、すでに入手困難になっている。  そんなとき、本書が出版された。発売と同時に買っておいた本書を、今日…

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【本】奥村和一ほか『私は「蟻の兵隊」だった』(岩波ジュニア新書)

 「蟻の兵隊」は、最近各地で上映されている映画。私は見ていないが、本は読んでみたいと思った。今日買って、今読み終えた。奥村さんが書いたのではなく、酒井誠さんという人との話し合いとなっているので、きわめて読みやすい。  中国にいた日本軍の一部が、そのなかに奥村さんもいた、敗戦後も残留を命ぜられ、閻錫山軍の一部となって共産党軍との戦闘を行ったという体験を持つ。命令により中国に残留したのに、自主的に残留したとされていることに異を唱え裁判までしたが、最高裁で最終的に敗訴した。奥村さんは、命令により残留したことを証明するために防衛庁図書館や中国までいっていわば一次史料を入手して当局や裁判所とやりあうのだが、ことごとく却下された。  その体験が、本書には記されている。  日中戦争下の八路軍は、軍律が厳しかった。捕虜になったら殺さないと今村方策大佐(今村均陸軍大将の弟、高潔な軍人であったようだ)から聞いていたように、奥村さんは捕虜になって、そして生還した。  捕虜になって移動しているときに、ある集落でおばあさんに「うちの子は殺され、家も焼かれた、この日本鬼子をどうしても通すわけにはいかない」などといわれたとき、付き添いの八路軍兵士は「この人はもう武器を捨てたのだから、もう敵ではないんだ」とおばあさんを説得する体験をした。  奥村さんが話している中で、もっとも印象に残ったのは、「自分はまだ戦争を知らない世代の人に追いついていない」ということばだ。兵士であった奥村さんの心のどこかに、「…

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【本】前田哲男『新訂版 戦略爆撃の思想 ゲルニカ 重慶 広島』(凱風社)

 前田哲男氏の『戦略爆撃の思想』(朝日新聞社)は名著である。読んでいて、これは“名著”だと思わせる本はあまりない。  その『戦略爆撃の思想』の新訂版が刊行された。旧版の二倍の原稿量であるという。確かに重厚な厚さである。索引含めて636頁、本文は二段組だ。  実はこの本は著者から送っていただいたばかりである。すぐ読み始めたが、これまた旧版をしのぐ内容である。最近の史資料を渉猟し、きわめて精緻な論の展開に脱帽する。  その前に氏が編集執筆された『隠されたヒバクシャ』も、第五福竜丸の被曝に関して、説得力ある論を展開していた。  氏が集中して、史資料を渉猟して説得的な文を発表される背景には、おそらく現在の様々な問題が、氏の執る筆をすすめているのだろう。  本書の帯には「殺す相手を視認せず 垂直包囲して 都市の破壊を企図する空からのテロル 重慶で日本軍が確立し 広島でアメリカが核の破壊力と結びつけた軍事思想は世紀を越えてなお 市民を殺戮し瓦礫の山を築いている」とある。  戦略爆撃は、現在のイスラエルのレバノン空爆に見られるように、まさに現在的な問題なのである。その思想は、いったいいつ「過去」となるのであろうか。  旧版を読んでいない方にも、是非読んでいただきたいと思う。   

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戦火は絶えない

 BBCのHPをみると、アフガンで二人のカナダ人兵士と5人のアフガン人が、自爆攻撃により命を落としたという。 アフガン南部、東部(パキスタンと国境を接している地域)で、今年になってHundreds of peopleが殺されたとある。 Afghan suicide blasts kill seven Canadians are part of the US-led coalition Two Canadian soldiers and at least five Afghan civilians have died in a double attack by suicide bombers in the city of Kandahar in southern Afghanistan. レバノンでも、大変な事態が開始されようとしてる。 アルジャジーラのHPをみると、2000人のイスラエル軍がレバノン南部の村を占拠し、またすべての橋を破壊するなどの空爆を行っているという。イスラエルは数千人の在郷軍人を召集し、今や戦時下の雰囲気だという。アルジャジーラは、HP上に、「レバノンの危機」という特集コーナーを設置している。  http://english.aljazeera.net/HomePage イラク議会では、「アメリカ軍は虐殺に関与した、去るべきだ」とする演説が行われたという。  中東でのこのような事態はいつ終わるのか。終わるどころか、拡大しているのが現実…

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世界は良くなっていない。

 アルジャジーラのホームページをみると、もちろんイスラエルとパレスチナ、イスラエルとレバノンの記事が多い。  私はパレスチナの人々が抵抗する気持ちは理解できる。イスラエルは、正真正銘のテロ国家である。その国家をアメリカがしっかりと支えている。国際社会が何とか解決しようとしても、アメリカが拒否権を発動してそれを妨げる。解決の糸口はなく、多くの人々が犠牲になっている。  他には、インドがパキスタンとの話し合いをキャンセルしたとか、韓国で洪水がひどいとか、フィリピンの火山爆発により避難民がでているとか、あまりよいニュースはない。その他の国際ニュースもよいものは見あたらない。アフガニスタン、スリランカ、パキスタンで人が殺されている。  平和な世界は来ない。ボブ・ディランの「風に吹かれて」は、まだまだ唄われなければならない。    世界的に秩序が壊れていっているようだ。     http://english.aljazeera.net/HomePage

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【本】鵜飼哲・阿部浩己・森巣博『戦争の克服』(集英社新書)

 私は、20世紀から人類が積み上げてきた平和への意志を大事にしたいと思う。国際連盟から不戦条約へ、そして第二次大戦。国際連合憲章、ヒロシマ・ナガサキ、日本国憲法への道のりを私は心から歓迎したいと思う。  本書は、著者3人が「戦争の克服」をテーマに論じあうというもので、平和への意志が、きちんとした学問的背景をもとに論じられている。  阿部氏の「国際法の観点からいえば、戦争を克服することは、本当はいとも簡単なことである。国際法を守ればよい、ただそれだからである。国際法は戦争を認めていない。戦争は違法なのだ。それどころか、国際法は、紛争の原因となりうるさまざまな社会的不正義を各種の条約や制度を通じて除去しようとしている。」という「あとがき」にその通りだと、今更ながら感動した。戦争違法化の歴史、人類の努力が踏みにじられると、いつしか私たちも現実に引きずられてしまい、原則的なところを見なくなってしまう。常に原則を忘れないことが肝要である。もちろん日本国憲法も現存している。  イラクの日本人人質事件に関しても、「外務省設置法には、「海外における邦人の生命及び身体の保護」責務が明記されて」いるという(167頁)。その法を見たこともないから、なるほどと思う。あのときの激しい非難はなんだったのか。当時のパウエル米国務長官も彼らを賞賛していた。激しく渦巻いた「自己責任」論ではあったが、もうその渦は消えた。だがこれについてもきちんと検証しておくべきだろう。  「結局日本の権力者は、戦前も戦後…

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【本】『フォトジャーナリスト13人の眼』(集英社新書)

 忙しい日々を過ごしていると、あまり想起することがなくなってしまう自分に驚くことがある。生活を維持することは、それだけでなかなかたいへんである。だからある程度ゆとりがないと、自分を取り巻く社会、政治、世界のことなどを想起することが少なくなってくる。  日本の労働者は、とにかく忙しい。  さて、本書は13人の報道写真家が、自ら撮影した写真と共に、短い文を添えるというものだ。パレスチナ、チェルノブイリ、イラク、アンゴラ、ビルマ、インド、フィリピン、チェチェン、沖縄、カンボジア、ハイチ、東ティモール、コソボ、ヴェトナム、アフガニスタンが、それぞれの「現場」である。  「戦乱になると、いつの時代も子どもが犠牲になる。大人はそのことを十分に承知していながら未来への希望に満ちた担い手たちを死に追いやり、からだを傷つけ、心を痛めつける」(232頁)と大石芳野が言うように、子どもの写真が多い。もちろんその子どもたちは、体や心を傷つけられている。  傷つけている者は、「テロとの戦争」という「大義名分」を振りかざし、罪なき人々、とりわけ子どもたちを傷つける。その加害者は、一切責任をとろうとしない。  「たぶん今、人類に最も必要なのは「想像する力」なのだろう」(106頁)と、桃井和馬はいう。マスメディアが、「現場」を報道しなくなってから久しい。したがって「現場」が、私たちと同時代の「こと」であるという認識が失われているのだ。  本書は、現在このときが、「現場」とともに存在していることを想…

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【本】 『UP』4月号と『歴史学研究』4月号

 『UP』は東大出版会の宣伝誌。毎年4月号は、“東大教師がすすめる本”の特集である。異なった分野の研究者が薦める本の知識を得るために一応読んではいるが、あまり買わない。しかし、そのコーナーではなく、新藤宗幸「憲法の「再生」とは」を読んでいて、山上民也『再建の理念』という本を知った。山上氏は現在92歳、大分信用金庫の会長であるが、『再建の理念』は1945年、30歳の時に書いたものであるという。  その本が今日届いた。読んではいないが、「敗戦の瓦礫を前にしてひとびとは何を考えていたのだろうか」ということを考えているときに、新藤氏はこの本に出会ったという。  なぜ日本は敗戦ならびに混乱を招いたのか・・・この問題を真摯に考えたものが『再建の理念』だという。  もう一冊。『歴史学研究』4月号の特集は、「方法としての「オーラル・ヒストリー」再考(Ⅱ)」である。姜徳相氏の「インタビューとアーカイブの問題」は、朝鮮史、ならびに「在日」の歴史を研究している氏ならではの主張に共感を覚えた。小生も、「在日」の地域史について研究したことがある。実際に良い資料がなく、新聞資料などに依存することが多かった。資料探しに苦労し、その時に「在日」一世から話を聴くことができ、助かったことを覚えている。なお敗戦直後の当局の朝鮮人対策の資料を持っているが(一部は『静岡県史』に利用した)、まだ十分に書き尽くしていないので、いつかは書くつもりである。  目的は姜氏の論文を紹介するのではない(今月号の『歴史学研究』は読む価値あり)…

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ヒロシマ

 今日はヒロシマについて記す。  もうかなり前になるが、シンガポールに行ったとき、戦争博物館の最後の展示にキノコ雲があった。原爆がシンガポールを救った、というような趣旨だった。原爆がアジアの人々の解放を早めたという認識に、私は複雑な気持ちを持ったことを思い出す。  日本を敗戦に導くためには落とす必要がなかった、というのが、現在の歴史研究の到達点である。原爆投下は、戦後の世界情勢(対ソ連)をアメリカが有利に運ぶために行われたのであり、また実験のためでもあった。  しかし、アジアの人々が、前述した認識を持っていることを論難はできない。シンガポールは昭南島とされ、住民は皇国民化を強制され、そして中国系の人々は殺害された。そういう体験を持つ人々に、それは間違っていると声高には言えない。  こういう歴史認識の問題は、長い時間がかかっても、冷静に、丁寧に議論していくしかないと思う。もちろん、日本国家が過去行った行為を知った上である。それなしには「和解」は生まれない。  その場合の基点は、事実認識を基礎にしたプリミティヴなものでよい。  今日、ヒロシマの子どもたち(岩田雅之くん、黒谷栞さん)が読んだ「平和への誓い」で、先頃亡くなったヨハネパウロ二世のことばを引用していた。  戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命を奪います。戦争は死そのものです。過去を振り返ることは、将来に対する責任をになうことです。広島を考えることは、核戦争を拒否することです。広島を考えることは、平和に対しての…

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【本】山室信一『日露戦争の世紀ー連鎖視点から見る日本と世界ー』

 山室氏の本は、実は何冊か読んでいる。『思想課題としてのアジア』、『ユーラシアの岸辺から』(いずれも岩波書店)、『キメラ』(中公新書)、そしてこの本である。  最近、満州移民についてまとめる関係で読んだのだが、大変参考になった。いずれも実証主義的ではあるが、その背後に氏の思いが十二分に感じとれる本である。特に今後満州について論じる場合は、『キメラ』は無視できないだろう。  さて今年は、昨年に引き続いて日露戦争100年という巡り合わせの年である。その年に、自治体史に日露戦争のことを書かなければならないので、いろいろな本を購入した。山室氏の本が、もっとも新しい。横手慎二氏の『日露戦争史』(中公新書)も出版され、過去の文献も多数あるので読み進むのは大変である。横手氏の本は、ロシアの歴史書との関係から日露戦争を論じたものであるが、あまり参考にはならなかった。それよりも崔文衡『日露戦争の世界史』(藤原書店)のほうが新鮮であり、触発された。こちらはアメリカの視点から日露戦争を見ている。この本を読んで、アメリカの世界戦略との関係で過去、少なくとも近代の歴史をふりかえることは重要であると思った。  ところでこの山室氏の本であるが、第一章から第四章までは日露戦争のことが記されていて、日露戦争のことを学ぶには良い本だ。しかし、私にとっては、第五章以下が面白かった。山室氏の思いが、様々な言説を借りながら、静かに主張されているのに、たいへん好感をもった。該博な知識を駆使して、この時代の問題性を、現代からの視点を…

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【本】目取真俊『沖縄「戦後」ゼロ年』(NHK出版)

 沖縄問題を俯瞰するに、とてもよい本である。具体的で、説得的で、問題意識も鮮明である。  目取真は、芥川賞作家、『水滴』の作者である。テーマは沖縄戦。沖縄戦では、戦争の本質が顕現した。その渦中に生きた人々から聞き知った事柄を小説という空間に凝縮したものだ。  この本は、沖縄に関わる諸問題、沖縄戦、米軍基地問題、沖縄方言など、沖縄が抱える問題を現在の視点から剔抉したものだ。  テーマは「戦後60年」に向けられる。日本は「戦後60年」というが、果たしてそれを声高に叫ぶことは是なのか?と問う。沖縄には、「戦後」はなかった。また日本周辺の国々にも「戦後60」年はなかった。そのことに関する無自覚を、目取真は突く。  私も台湾調査を行った後、同じような感慨をもって、革新勢力が「平和を守ろう」というスローガンに違和感をもったことを書いたことがある。日本が植民地にしていたところを切り離したとたん(「一視同仁」、「一億玉砕」=そのなかには植民地とされた地域の人々も数えられていた、などということばがあった)、日本人はそれらの地域に住む住民についての想像力をなくし、自らの「平和」というぬるま湯につかって平然としていたことを自省的に記した。  沖縄についても、そうだ。本土に住む人々は、沖縄に「戦後」がなくても、沖縄に米軍基地を押しつけておいても、「安保があるから日本は平和だ」、「アメリカが日本を守ってくれている」などと言っていたし、今もいる。沖縄で、米軍人が強姦事件をおこしても、米軍機が墜落して大学を壊して…

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沖縄のこと(2) 読谷村史Web版

読谷村は、沖縄戦で米軍が上陸し、多くの犠牲者が出されている。その読谷村が編纂した「読谷村史」上・下巻が、何とweb上で読めるのである。 市町村史は通常分厚い本となって、だいたい5000円くらいで売っているというのが普通である。ところが、読谷村はほとんどすべてWebで読めるようにしている。これは画期的なことだ。  私も自治体史に関係しているが、これはすごい英断であると思う。  下記は、読谷村の「公開にあたって」という文である。それを掲げる。  2002年3月に『読谷村史』第五巻資料編4「戦時記録」上巻(読谷村史編集委員会編、読谷村役場発行、定価4000円)を出版しました。本論834ページ、別冊175ページ(「読谷山村の各字戦時概況図及び屋号等一覧表」)からなっています。同時に金城印刷(有)の協力を得て、CD-ROM版(本論、別冊含む)にも収録し検索の便宜が飛躍的に向上しました。ただしCD-ROM版は研究機関のみへの限定配布とさせていただきました。そこで『読谷村史』第五巻資料編4「戦時記録」上巻をWeb上でも公開し、沖縄戦の実相を広く知っていただくとともに、今後の沖縄戦の実相解明に少しでも寄与できればという思いから、ここにインターネット版として公開することにいたしました。本趣旨をご理解いただき、ご協力をお願いします。 HPのアドレスは、下記の通りである。 http://www.yomitan.jp/sonsi/index.htm  なお私は、上下巻を購入している。Web上で長…

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沖縄のこと(1) 読谷村平和資料館

 沖縄に読谷村という小さな村がある。戦争末期、上陸してきた米軍に占領され、村民に多くの戦争死者がだされたところだ。現在村の面積の45パーセントが米軍基地に占拠されているというところである。その読谷村について、まず一つ紹介したい。  それは、読谷バーチャル平和資料館である。     http://heiwa.vill.yomitan.okinawa.jp/index.html   そこにアクセスして、「平和って何」をクリックする。すると、以下の言葉がでてくる。  たいへん格調高い文面である。この文をたどっていくと、沖縄を含めた読谷村の歴史が現れてくる。 今日も、 世界のどこかで 尊い命が奪われている 21世紀が、平和で豊かな時代となるためには、 人類の生存を脅かす諸問題に対して、 何が正しく、何が間違いかを考え行動することが 大切ではないでしょうか。 他人の喜びや悲しみに共感し、 真の信頼関係を築き、 明るい未来をつくるために、 一人ひとりが行動を起こすことが 求められています。 人間の知恵と愚かさ 人類の栄光と失敗 歴史は壮大なデータベース 歴史を学ぶこと それは、人生を生きぬく知恵と勇気、 自信と誇りを身につけることなのです。 読谷村は、平和をずっと発信し続けている村である。このバーチャル平和資料館から、学ぶことがあるはずである。是非見ていただきたい。 ここに記されているように、歴史を学ぶことはとても大切である。たとえそこにいくら陰惨…

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戦争の死に方

 『DAYS JAPAN』8月号(年間購読料8700円、郵便振替00180-8-722171)に、左足膝の下が吹き飛ばされ苦しむ子どもの写真が掲載されている。戦争の本質は殺戮と破壊であるから、人間がけがをしたり、殺されたりするのは「やむを得ない」(?)。  しかし、その殺戮の真実の姿が描かれることはあまりない。  そんななか、渡辺清の『戦艦武蔵の最期』[朝日新聞社]は秀逸である。戦艦武蔵の数少ない生き残りである渡辺が、まさにみずから体験したことをつぶさに書きつづったものであるからだ。その様相は、残酷そのものである。戦闘で死ぬということは、こういうことだ!ということがよくわかる。  また黒羽清隆の『日中15年戦争史』(上・中・下)[教育社歴史新書]には、戦争における死の諸相が描かれる。戦死者を悼んで詠まれた歌などを使用して、戦争での死の姿を描く。  戦死とは、決して美しいものではないことが伝わってくる。また、けがをして死に至る過程は、痛くて、苦しいのである。肺を銃弾が貫通すると、肺から空気がもれてとても苦しいそうだ。あるいは、腹部に銃弾が入ると、内臓はぐしゃぐしゃになるという。銃弾が回転してめりこんでくるからである。  戦死すると、「戦死公報」が届けられる。しかし、それにはどこで戦死したかは書かれているが、どのように死んでいったのか具体的なことは記されていない。しかし、どうやって殺されたのかを、知るべきである。日本兵の7割は、栄養失調ならびにそれに起因する病気で亡くなっていったという。…

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【本】木村元彦『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』(集英社新書)

 旧ユーゴの内戦はすでに過去のものになったような状況がある。日本ではほとんど報道されない。日本のマスメディアはきわめて移り気であるからだ。テレビが視聴率を追いかけて、次から次へと些細な報道しなくてもよいようなことを追いかけていくと、新聞などもそれを追いかけて新しいものを求めて流れていく。したがって過去の重大事件は過去のものとして、とりあげなくなる。本来のジャーナリズムなら、過去の大事件の「今」を報道するなど、検証していくのも大切であろうに・・・・・・・。   さてアメリカを中心としたNATO軍の空爆など、コソボをめぐっての「戦争」は、今どうなっているのだろうか。  すでに『ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争』(講談社)で判明しているように、セルビアとムスリム、クロアチアの三すくみの内戦で、もっとも「悪」であるのが、セルビア人であったことが、広告代理店の巧妙な宣伝によってつくられた虚像であったこと、その結果国際社会で旧ユーゴにかかわる問題の「悪」はセルビア側であるという共通認識がつくられてしまっている。したがってコソボ紛争でも、悪いのはセルビアであるとされてしまっている。だが実際は、「民族浄化」はすべての政治勢力が行っていたことであり、NATO軍が参戦したことにより、より複雑になってしまっているのだ。  だが、アルカイダとつながっていたKLA(コソボ解放軍)が何とアメリカにより公認され(それまでは「テロリスト集団」としていた!!!)、アメリカなどから武器が供与され、アメリ…

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強制連行を追って

 自治体史で朝鮮人・中国人の強制連行を担当したことがある。他の自治体史を見ても、記述がなかったり、あっても政策的な展開かあるいは連行された場所などが書かれているだけであった。  私は、実際に連行された人の声を載せようと思った。ある年の年末、私は釜山に飛んだ。二泊三日のツアーに申し込んだのだ。半日だけ、観光につれていってもらい、後は自由というツアーである。ツアーといっても、参加者は私一人。釜山のチュガルチ市場、国連墓地、龍頭山公園などを回って、ある店でサムゲタンの昼食をとった。私はガイドに、今から言うことをハングルで書いて欲しい、と頼んだ。「私は日本国で朝鮮人強制連行の研究をしている者です。静岡県に連行された人を探しています。協力してください」と。  ガイドと別れてから、私は釜山市庁に入っていき、そのノートを見せた。受付からあちこち回された後、「今回すぐに協力はできないけど、あなたが次回韓国に来るときに協力させていただきます」という返事であった。私は、その言葉を信じて、残りの日々を梵魚寺 <ポモサ>などを観光して帰国した。  帰国して二日ほど経った頃、韓国から電話が入った。林洪鎮さんからであった。釜山市庁から言われたということで、いつ来るかという問い合わせであった。  私は、2月末に行くという約束をした。  2月末、釜山空港に到着した私を、林さんは待っていてくれた。そして翌日、つまり3月1日は独立運動の記念日で、老人たちが公会堂に集まるから、そこに連れて行ってくれるというのであ…

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バンザイ・クリフで考えたこと

 私は、静岡第118聯隊の最期を研究するために、10年ほど前サイパンに行った。それと同時にサイパン戦に関わる資料を渉猟した。そこで考えたことを一つだけ記そう。  サイパン戦終結後、マスコミはじめ、政府や県などは、玉砕をきわめて美化した。たとえば、『静岡県隣組月報』で、当時の静岡県知事今松治郎は「サイパン戦闘終結に当たり県民各位に望む」でこう記している。「凡そ勝敗の帰結は国民の戦争意識と敢闘精神との強弱に依るのであります。如何なる事態に遭遇するとも確固不動凡ゆる苦難に堪へ欠乏を忍んで其の職域に於て最善を尽し『撃ちてし止まん』の大和魂を発揚して敵撃滅の一点に其の総力を結集し最悪の場合には玉砕将兵の顰に倣つて戈を採つて玉砕する覚悟がなかつたならば大東亜建設の偉業達成は望むべくもないのであります。」と。   また 『静岡新聞』1944年7月19日付の見出しは、「サイパン島の我が部隊 最高指揮官以下全員壮烈な戦死」「戦ひ得る在留邦人将兵と運命を倶に」「この勇士に続け!一億決死の秋だ 必勝増産へ打込む怒り」「一切の悲喜を乗超え七生滅敵へ直進 二百万県民今こそ起て」であった。  このように、サイパン島の住民たちの「玉砕」を美化して、玉砕を煽った人々は、玉砕したのだろうか。  まさか、戦後をぬくぬくと生き抜くことはなかっただろうなあ・・・・・、もちろん「戦陣訓」を作成した方は、「生きて虜囚の辱めを受け」ることはなかっただろうなあ・・・・と思う。  私は、戦争の研究をしていていつも、思う。ひ…

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サイパン島の戦い

 天皇・皇后がサイパン島を訪問された。私は天皇制という制度に疑問を抱いている者のひとりであるが、現天皇の「行為」には、平和憲法の精神がこめられていると思っている。今回の訪問でも、バンザイクリフだけではなく、韓国の犠牲者の碑にも足を運ばれた。現天皇は、現在の日本の威勢のいい政治家たちに「戦争を忘れるな」と、態度で示されているのではないかと思っている。*なお天皇は、もちろん靖国神社には行かない。  この下に掲げた文は、「玉砕という死に方」という文の一部である。10年ほど前に書いたものだ。 注記は省略して、ここに掲載した。末尾にある「戦陣訓」は、東条英機が「軍人勅諭」の実践を目的に公布した具体的な行動規範である。しかしその東条は、米軍の捕虜となった。 *********************************************************************************  開戦以来、サイパン島には海軍部隊(海軍第五特別根拠地隊、隊長は辻村武久少将。現在の浜松市志都呂町出身)が警備にあたっていたが、1943年9月の「絶対国防圏」策定の頃から防備が強化され始め、中国大陸、日本内地にいた部隊が、サイパンをはじめとしたマリアナ諸島へ派遣されることとなった。  1943年10月、第13師団の派遣が決定、翌年1月先遣隊がサイパン島に到着した。しかしこれが変更され、2月第29師団が派遣されることとなった。この師団には、豊橋を中心とする第18連隊(1941年ま…

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軍隊と住民

 NHKスペシャル「沖縄 よみがえる戦場」で、日本兵による住民虐殺の事件がとりあげられていた。そのなかで生き残った二人が戦後60年を経て会うことができた、ということに感動を覚えたが、父を日本兵に殺され、自らも手榴弾の破片を全身に受け「戦後」を生きてきた彼女の今までの生活を想像すると、同情と共に怒りを禁じ得ない。  沖縄における住民虐殺は、真栄平(めーでーら)の虐殺など多くの事例がある。私は、このような事件を見るまでもなく、軍隊は住民を守るものでないことは明白であると思っている。軍隊は国家権力ないしは国家機構を守るものであって、国土や住民は守らない。戦前の日本軍が、もし、住民や国土を守るためのものであったなら、まず第一にあんな無謀な戦争を起こしはしないだろう。第二に、日本本土に一発の爆弾が落とされたり、住民が空襲などで一人でも死傷したら、これはもう即やめるしかないだろう。その時点で既に国土や住民を守れなくなっているからだ。しかし、戦前の大日本帝国は、「国体護持」に執着しながら終戦を遅らせ、多くの人々を死地に追いやった。1945年8月、日本の主要都市は灰燼に帰していた。  また満州での悲劇など、その象徴的な事例である。静岡県から移民に参加した福田町開拓団(竜江省鎮東県に入植)の団長は、ソ連軍が侵攻してきたときの状況を、戦後こう書き記している。  「頼りにしておった白城子、鎮東の両部隊全員は、一戦も交えずして、八月十二日の列車を最後に全部南部へ、朝鮮国境方面へ後退してしまったのである。而も、老…

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【本】田沼武能『難民キャンプの子どもたち』(岩波新書)

 戦争が起きると、民間人に多くの犠牲が出る。これはすでに周知のことである。最近のアフガンでも、イラクでもそれは同じだ。   冷戦終了後、アフリカを始め世界各地で内戦が起きている。内戦では、子どもや女性がもっとも多くの被害を受ける。   にもかかわらず、戦争が起きる。   ベトナム戦争の時は戦場の写真が、戦争のむごたらしさを示していた。最近、戦争が起きてもそのような写真はあまり見かけない。戦争の悲惨はどうも隠されているようだ。   戦争が起きると、大量の難民がでる。戦闘を避け、国外や国内の非戦闘地域に難民が集結する。戦闘は避け得ても、生活は破壊される。      田沼は、世界各地の難民キャンプに取材に行き、そこで子どもの写真を撮った。この本は、そうした写真を中心に、田沼の解説がつけられたものだ。  子どもの写真のなかには、飢餓でやせ細ったものもあり、目を背けたくなる。しかし、とはいえ、この現実をしっかと見据えなければならない。  写真には、子どもらしく楽しく遊んでいるものもある。子どもはどこでもやはり子どもである。たとえ難民キャンプの子どもたちであっても、楽しそうに遊んでいる姿は、私たちをほっとさせる。そういう写真が多い。  最後の一枚はスーダンの子どもが「PEACE ONE」と書いた紙を持っているものだ。平和が一番、その通りであるが、いったいいつそれが来るのか。    表紙の写真は、じっと私たちを見つめる、何も訴えていない、この目は。しかし、応答責任を喚起する。さあ、どう…

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【本】『ジャーナリズムの条件2 報道不信の構造』(その2)

 今日本書を読み終えた。先に綿井氏の論考を紹介したが、その他いくつか意義深い文を読ませていただいた。一つは、蟹瀬誠一氏の「テレビがつくる劇場型政治」、萩原豊氏の「北朝鮮報道とテレビメディア」である。いずれもテレビ局の視聴率至上主義の問題点をあげている。  この視聴率至上主義が報道を曲げている、あるいは悪しき世論作りに貢献している。  視聴率という数字にテレビ局が「依存」し、視聴率が高いと見るやひたす洪水のごとく情報を垂れ流す。しかし、そのテーマでやっても視聴率が稼げないとわかると、視聴率が高くなりそうなネタを探し回る。そこには、ジャーナリストとしての矜持はない。視聴率はその社の経営と直結するから、要はカネのためにメディア関係者は魂を売っているのである。  どのような情報を人々に提供すべきか、などという議論はなく、ひたすら視聴率目指して情報を探す。  テレビが、人々を愚かにしている、といってもよいだろう。  もう一つは、土井敏邦の文である。「なぜ私たち日本人は、ファルージャの700人を超える人々の生命を、人質となった3人の生命と同じ重みをもって受け止める感性を持ち得なかったのか。さらに悪化する現在のイラクや、パレスチナの状況に対しても同様だ。ただ死傷者の数が列記されるだけの報道に、私たちはその一人一人の生命の重さやその苦悩に思いをはせる想像力を持ち得なくなっている」と彼は記す。まさにその通りである。  3人の人質救出のために市民が傾けた情熱と、700人の虐殺をストップさせることに傾け…

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「戦争に関する責任」をもう一度考えるの?

以下の条文は、日本国との平和条約(1952年条約第5号)の前文と、極東国際軍事裁判所(東京裁判)に関する条文である。  日本は、この条約を承認して国際社会に復帰した。これにより法的に戦争状態は終了したのである。但し、中国とかソ連とか、この段階では除外された。  いわゆる極東軍事裁判所の判決を「勝者の裁き」だとして受け付けようとしない人々がいる。だが、この条約は国際社会との約束である。したがって一面不満があっても受け入れるしかないことではないか。  かりにもしこれに疑義を抱くなら、もう一度「戦争責任」について考え直すというのであろうか。  そうであるなら、やってみればよいと思う。  戦争直後の混乱、食糧難などのなかで、日本人は「戦争に関する責任」について、きちんと総括してこなかった。日本が侵略していった地域の人々に対する戦争(加害)責任だけではなく、「敗戦責任」(日本の庶民は戦争被害者の面も持つ。だとするなら、その加害者は誰かを問うべきである。被害者がいるということは、加害者が必ず存在するのだから)、さらには原爆を投下し無差別に殺戮したアメリカの戦争責任など、これらを日本人はしっかりと検討すべきである。  戦後60年、戦争というものが、いかなるものであったのかを再認識することは大切なことである。 ********************************************************************************  連合国及び日本国は、両者の…

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【本】『ジャーナリズムの条件2 報道不信の構造』(岩波書店)

 この本からまず一つの文章を紹介する。それは綿井健陽「フリージャーナリストの戦場取材」である。綿井は、イラク戦争が始まった頃、ニュースステーションなどで現地から様々なレポートを送っていた。その彼が、なぜイラクで戦場取材をし、そこで何を見たかを記したものである。「戦争はどこで起きているか。そして誰がこの戦争で殺されていくのか」を見つめる、そしてそれを報じるために綿井は残った、あの戦場に。  そこで見たことを、彼はこう記す、「私がバグダッドで取材した「イラク戦争」の実像とは、破片が人を殺していくということだった。ミサイルや砲弾の小さな、ほんの小さな破片が人を殺傷していく。空爆の恐怖や被害は、ミサイルや砲弾が直撃することだけではない。炸裂した爆弾の破片が周囲数百メートルにまで無差別に飛び散る。そして、その砲弾の、小さな、ほんの小さな破片が頭に突き刺さり、内蔵をえぐり出し、四肢を奪い、目を潰す。それが「ピンポイント爆撃」や「精密誘導爆弾」の実態だ」(185頁)と。これを読んで、私は渡辺清の『戦艦武蔵の最期』を思い出した。戦艦武蔵の生き残りの渡辺が、アメリカ軍機の激しい攻撃のなか、沈みつつある武蔵の甲板で体験したことが、イラクで再現されている。全く同じである。  そして、家族を失ったイラク人の「いつも正義や大義を掲げて戦争が始まった。しかし、イラクで起きたすべての戦争は何の意味もなかった。戦争の大義など私たちには何の関係もない。ただ、私の兄弟や子供たちが殺されただけだ」という叫びも、また同じである。 …

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