フォークランド紛争から

 イラク戦争が始まったとき、NHKのニュースは異様な光景であったことを思い出す。イラクの地図模型があって、軍事評論家と称する人が、アメリカ軍は次は○○に進撃するでしょう・・・などと、アメリカ軍の立場に立った軍事作戦の解説を行っていた。イラク戦争の問題点などの指摘はかけらもなかった。開戦となると、マスコミは「大本営」直営放送となることを証明した事例であった。

 私は、国家がマスメディアをうまく利用し、国家の宣伝隊として利用したのは、湾岸戦争からだと思っていたが、『メディアは戦争にどうかかわってきたか』(朝日新聞社)を読んでいたら、イギリスによるフォークランド紛争が最初であるという。英国は、ベトナム戦争の教訓から「メディアがアクセスできる取材源をできるだけ絞り込む。記者・カメラマンを従軍させるが野放しにはせず、軍規に服させる。ニュース公表の決定権は政府軍当局が握る。テレビ中継はさせない。」ということを学んだ。
 その教訓は、フォークランド紛争で試され成功した。
 またアメリカも、「戦場への接近、取材を制限する、映像は好ましくない部分を削除し、“消毒”する、当局に不都合な情報は隠す、軍事上の失敗、成功に事実と異なる説明をする、テレビを優先し、新聞の役割を弱める」という方針を打ち立てた。

 それが実際に適用されたのは、グラナダ侵攻、パナマ侵攻であり、それらの経験を経て湾岸戦争で完成した。湾岸戦争では、メディアは「敗北」した、と著者の木下和寛は記す。だが私は、メディアは「敗北」したのではなく、権力の傘下に自ら入り込んでいったと思っている。「絵」を取るためには、権力の傘下にはいることを厭わなくなったのである。

 湾岸戦争では、原油にまみれた水鳥、イラク軍の残酷さを偽証した「ナイラの物語」など、捏造された「話」が流された。マスメディアは、それらを検証抜きで垂れ流した。

 現在も、マスメディアは権力と仲良く共存している。国家の宣伝機関に堕しているマスメディアの問題点を抉る作業は続けなければならない。
 昨年の総選挙に見られるように、価値観や批判精神を完全に喪失し、全マスメディアが視聴率がとれそうな映像を追いかけ回し、チルドレンを当選させた事実(その後の彼らの働きについての検証もなく、面白そうな話題になると飛びつくマスコミ、特にテレビ)があるからだ。

 今も、我が家のテレビは消えている。いずれ地上デジタル放送だけになるというが、その段階でテレビはやめようと思っている。全くツマラナイ番組ばかりで、それも「ヤラセ」が多いのだというのだから。

 

 

 

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