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zoom RSS 【本】森達也『世界が完全に思考停止する前に』(角川文庫)

<<   作成日時 : 2006/09/26 21:30   >>

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 森達也氏の著書、3冊目の紹介である。これもなかなか良い。

@イラクのアブグレイブ収容所のイラク人が、アメリカ兵などに「虐待」されていたことは周智のことであるが、欧米のマスコミは torture (拷問)と表現していたそうだ。しかし日本のマスコミは「虐待」であった。「拷問」と「虐待」は、意味を異にする。日本のマスメディアは、アメリカ軍に優しい。
A「メディアは懲罰機関ではなく、報道機関である」(124頁)に諸手をあげて賛同する。マスメディアは、自らをあたかも「正義」であるという立場から、しなくてもよい懲罰的な表現をする。本当にやめてほしい。あまりにも過剰なのである。
B「世論はメディアを誘導し、メディアは世論を喚起する」(164頁) 
メディアと世論の関係は、この言葉につきると言って良い。この背景にあって両者をつなぐものは視聴率である。そしてその視聴率は、広告収入に関わる。つまりカネである。
 それら両者があいまって、「改革」を推進する。その先に何があるのかは、とりあえず関係ない。 
C「テレビ屋は数字には何よりも敏感だし、その予測は概ね正確だ。ドキュメンタリーが減ってバラエティが増えるその理由は、要するに視聴率と呼ばれる日本社会のマジョリティ測定装置が、毒にも薬にもならないバラエティを硬派ドキュメンタリーよりも好むからだ」(165頁)
だから私の家のテレビは、消されている。見たい番組がない。それが続く。だから「地デジ」開始を、テレビ視聴の最後とする、そう決めている。
D「「我々」や「国家」、「国益」や「公」などの語彙に主語を譲るとき、きっとこの国は過ちを犯す。架空の話じゃない。日本は過去に、何度も体験しているはずだ」(172頁)
 文庫版解説は姜尚中氏。姜氏もここを引用している。その通りだと思う。しかし人々は、その過去を記した「歴史」を知らないし、またあえてそれを見ないようにしている、あるいは否定しようとしている。そういう人々が、明らかに増えている。日本人は、「過去」に学ばないのではないか。ということは、また繰り返すのかもしれない。「何度も体験」するのである。
E「僕らは有機体のネットワークだ。僕らの同意のもとに世界はある。一人ひとりがこの世界に責任がある」(264頁)
 その通りである。森氏は、凄まじいこの「事実」をさらっと記す。責任を背負って生きていくことを決意した人でなければ、なかなか言えるものではない。

 本書は、読む価値ありである。謙虚さと図々しさが同居した内容である。その両者があいまって、刺激となる。

 

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