今日の新聞(「中日新聞」)から

 「中日新聞」の読書欄に、「テーマを読み解く」というコーナーがある。今日は「日韓関係」として李鐘元立教大学教授が書いている。その冒頭を引用させていただく。


 「帝国」とは、人々の移動をも意味する。日本の支配が拡大するにつれ、多くの人が国境を越えて、「大東亜共栄圏」に散らばっていった。日本人と朝鮮人をともに巻き込んだ奔流は、帝国の支配と戦争という構造の中で渦巻きとなり、「加害」と「被害」が錯綜する歴史の残骸を残した。



 そして高崎宗司氏の『植民地朝鮮の日本人』(岩波新書)、『朝鮮の土となった日本人ー浅川巧の生涯』(草風館)、内海愛子氏の『』キムはなぜ裁かれたかー朝鮮人BC級戦犯の軌跡』(朝日新聞出版)を紹介している。

 この三冊は、日本人必読の本である。ぜひ読むことを薦めたい。


 ところで、引用した箇所は、私が常々主張していることである。

 自治体が編纂している自治体史、これはいわば自治体の「正史」でもある。日本近代からの歴史は、「帝国」の観点から叙述しなければならないのであるが、自治体史には「帝国」がない。戦争はあっても、動員されたり、空襲があったりする「被害」の観点からの記述がほとんどである。それを書くなというのではない、そうではなくたとえば兵士として動員された住民が、「帝国」の担い手としてどうであったのか、あるいは地域の土木事業に従事していた労働者に植民地からのひとびとはいなかったのか、なども、当然書くべきではないか。

 自治体史に「帝国」が欠如していると指摘しても、一向に叙述は変わらない。日頃「帝国」の罪悪を書いている学者も、自治体史にそういうことを書き込まない。某氏から、私が意識してそういうことを書き込むことに対して、「自治体から何か言われないのか。自治体は喜ばないだろう」などと問われたことがあった。

 私が唯一筆を曲げたのは被差別部落のことであった。1918年の米騒動のとき、近隣に二つの町があった。一つの町では「騒動」が起きた。すると、もうひとつの町の隣の村(被差別部落)の周辺に消防団や在郷軍人会が配置され、夜を徹して警備し、出歩いている者を徹底的に取り締まった。その結果、そこでは「騒動」が起きなかった。この差別的な行動について書いたところ、「書かないでほしい」といわれ、現在の差別ともつながる問題でもあることから、自治体の要請に従ったことがある。

 日本人に「帝国」(加害の観点)がないのは、自治体史に「帝国」が描かれていないことも原因ではないか。私の指摘に応えてくれたのは、北海道の研究者である。

http://www.city.chitose.hokkaido.jp/shishi_hp/paper/No7.pdf

http://www.city.chitose.hokkaido.jp/shishi_hp/paper/No8.pdf